インド風スパゲティーから得た教訓。
私の学生時代は山登りと共にあった。
といってもワンダーフォーゲル部でもなければ、ハイキングサークルでもない。
単純に学校が山の上にあったのだ。
小高い山の頂上に学校がある、というのは実はけっこう「あるある」なのではないだろうか。
そういう学校の出身者は、みな口を揃えて、学校を出発して帰途につくことを「下山する」と表現する。
下校ならぬ下山。
下校の反対の言葉として一般に「登校」というのがある。
しかし学生時代、学校に行くことを「登山」とは呼ばなかった。
そもそも「学校に行く」という行動を口に出して表現する必要が、あまりなかった気がする。
「下山」は学生同士で一緒に帰途につくときか、もしくは単独で帰途につくことを学生仲間に宣言するときに使う。
仲間内で使うための言葉だ。
しかし自宅から登校するときは、学生仲間に「これから登校する」と宣言することはない。
だから仲間内専用の言葉を必要としないのだろう。
さて「下山」し始めてすぐの、坂の角度が一番きついところに、名前は忘れてしまったが、山小屋風の喫茶店があった。
場所柄、完全にうちの学生相手の商売だったと思われるが、学生が出入りするのを見たことはない。
その店の玄関先に、いつもメニュー表が置いてある。
あるとき、私と友人は入るつもりもないのに、そのメニューを眺めに行った。
そして、どうやら看板メニューらしい大きな文字にくぎ付けになった。
「インド風スパゲティー」。
今なら「インド風パスタ」と表記するかもしれない。
30年も前のことだから、そこはあくまでスパゲティー。
ついでにいうならスパゲティーの表記が、本当に「スパゲティー」だったかは自信がない。
あの頃は「スパゲティ」とか「スパゲティー」とか「スパゲッティ」とか、表記が統一されていなかった。
それはともかく、インド風スパゲティーの話に戻ろう。
私と友人は、数秒黙った。
やがてそろって同じ結論を導き出した。
それすなわち、カレーとスパゲティーのことだ、と。
ナポリタンのように混ぜてあるのか、ミートソースのように上に乗せられているのか。
姿かたちは分からねど、「インド風」の正体はカレーに違いない。
私たちは謎解きができたので、スッキリした気持ちで下山した。
それから卒業まで、インド風スパゲティーのことはすっかり忘れて暮らした。
それなのに、卒業して何年も経ってから、ふと思い出すようなことがたびたびあった。
結局あの「インド風スパゲティー」はどういう姿かたちで、どのような味だったんだろうか。
なぜ実際に食べてみなかったんだろうか。
学生相手の喫茶店である。
そんなにお高いはずもないのに。
実は当時、その友人とは別の店にハマっていた。
その店は、すっかり下山しきった、賑やかな街のなかにある。
1階にミスドが入ってるビルの3階か4階あたりだった。
ドアをあけるとスパイスの香りが充満していて、スタッフは全員パキスタン人の男性。
その店で羊肉のカレーと大きなナンを食べるのを、私たちは月に2回ほどのお楽しみとしていた。
いつ行っても相客は現れなかったけれど、私たちはその店が大好きだった。
ところで、あれから何十年も経ったある日、私は母校を訪問する機会に恵まれた。
息子が高校生になり、オープンキャンパスを訪問したがったのである。
私はひそかに心が躍った。
もう二度と行くことはないと思っていた母校である。
卒業後に完成した新校舎を見たいし、叶うなら当時の先生にもお会いしたい。
結論から言うと、新校舎は中を堪能できたが、当時の先生方はほぼ退職されていた。
運よく私のゼミの先生は在任されていたが、肩書は学部長である。
オープンキャンパスの質問コーナーには、お出ましにならない。
もっと若手の先生ばかりが並んでいる。
残念無念!
そしてオープンキャンパスを終えて、下山することになったとき、私は思い出した。
インド風スパゲティーだ!
下山したら街で適当にお昼を食べようと思っていた。
しかしこれは、あの店に寄る、またとないチャンスだ。
急な坂道をぐっぐっと踏みしめながら、カーブを曲がる。
するとそこにはあの店が・・・なかった。
この日、二度目の残念無念!
仕方ない。
そういうこともあるよね。
でもまだ希望はある。
街に下りたらミスドの上で、パキスタンカレーを食べよう。
そして私はこの日、三度目の残念無念!に遭遇することになった。
仕方ないよね。
あれから何十年も経ってるんだもの。
むしろミスドが相変わらずそこにあるほうが、すごいことなんだ。
人も、モノも、どんどん変化していく。
変わらないものなんて、そんなにたくさんあるもんじゃない。