いまこの街だから作れた、300冊の手製本。書籍『京島の十月』を出版します。
こんにちは、淺野義弘(あさのよしひろ)です。
大学で研究員として2年半ほど勤めたのち独立し、ものづくり系の取材をメインとするフリーのライターとして活動しています。2023年8月からは墨田区の京島という街で「京島共同凸工所」というものづくり工房をスタート。今は物書きが半分・工房の運営が半分のような暮らしを送っています。
取材と執筆だけにとどまらず、ものづくりを介して街や地域に溶け込んでいく感覚は新鮮で、ライフスタイルも大きく変化しました。そんな暮らしも一年が過ぎようとしている今、一冊の本を出版します。
書籍のタイトルは『京島の十月』。2023年10月に、とあるイベントを通じて街に集った人たちと僕が過ごした、濃厚で過剰な日々をまとめた31篇の日記と、街の仲間たちによる寄稿やイラストが綴られています。人生で初めてとなる書籍の出版。どういう本なのか、なぜこのタイミングなのか。少し説明させてください。
京島という街に導かれ
皆さんは京島という街を知っていますか? 東京都墨田区、スカイツリーのある押上駅の隣・曳舟駅前から東に進むと、少し様相が変わってきます。うねうねと曲がる小道や古い建物が並び、生活の息遣いが聞こえるようになったら、きっとそこが京島。古くからの建物が残る木造密集地域で、一時期は火災リスクの高さから東京一危険とまで言われていたエリアです。
その街並みや、商売と暮らしが一体化したような生活を送る空間は魅力に溢れ、たびたび映像のロケ地として使われることもあります。街のシンボルであるキラキラ橘商店街は、ドラマ「不適切にも程がある!」やケツメイシのミュージックビデオの舞台に。大正11年創業の「電気湯」は映画『 PERFECT DAYS』で、役所広司演じる平山の行きつけ銭湯として登場しました。
僕がこの街に訪れたのは2022年のこと。すみだ向島EXPOという街のアートイベントの取材に、(おそらく)家が近いからという理由でライターとして誘われたことがきっかけです。耳慣れない土地に初めて降り立ったのですが、その濃密な魅力に心をグッと掴まれてしまいました。そして、翌年には自分もこの街に引っ越し、場所を開くに至ったのです。
ものづくり工房を街にひらく
オープンした場所の名前は「京島共同凸工所」。3Dプリンターやレーザーカッターなど、デジタル工作機械も備えた、街に開かれたものづくり工房です。お店を営む人やアーティスト、街の人たちがつくりたいものをつくる手助けをする場所として、試行錯誤の日々を送っています。
僕はライターとして活動する以前、大学でこうしたものづくり(デジタルファブリケーション)を学んでいました。文章を書く以外の手段でも、自分が学んだ知識や技術を介して、世の中に関われないだろうか? そう思っていた折、この街なら自分の経験を活かせるだろうと思ったのです。……というのは今思えばのことで、当時は半ば直感的に、このタイミングで場所を持つべきなのだと感じていました。
かつてコンビニのバイトを2週間足らずで半ばクビになった経験もあるほど、商売においてはズブな素人の自分。いきなり説明のしづらい場所を持つことで、何が起こるかはわかりませんでした。だから、この街において、工房がどうやって受け入れられ、僕自身がどう街に溶け込んでいったのか。その一度きりの記録を、日記という形で書き残すことにしました。ライターとして街に関わり始めた自分が取るべき手段は、それしかないと思ったのです。
一人じゃ書き尽くせないから、仲間を呼んだ
今回出版する『京島の十月』の内容は、すみだ向島EXPO2023の企画として、2023年10月に毎日欠かさず書き続けた日記が元になっています。ただでさえ情報量の多い京島に、より多くの人が集まり、過剰なまでの日常が続いた一ヶ月を、一人の生活者として、そして工房を営み始めた者としての視点で綴ったWeb上の記録です。
しかし、この街の魅力は人との出会いにあり、人それぞれで見えている風景も違うはず。だから、僕とゆかりのある人たちにも寄稿をお願いしました。
・僕より前から住んでいる、長谷川春菜さん
・僕と一緒に取材に訪れた、ヤマグチナナコさん
・僕が声をかけ、一緒にワークショップに取り組んだ、金田ゆりあさん
・京島でも活躍するイラストレーター、井上舞さんにはイラストを書き下ろしてもらいました。
あとがきに変えて、ストーリーテラー、ヴァガボンドのテンギョー・クラさんとの対談(アフターEXPO)を実施。日記を書き続けた日々のことを、自分の表現として捉え直せた対談を、京島に住む先輩編集者・ライターでもある山越栞さんにまとめてもらいました。
ちなみに、僕の本にしたい!という思いを受け止め、ずっと伴走してくれたのは編集者の乾隼人さん。街に通うエスノグラファーとして、全体を見つつも愛を持って街とこの企画に接してくれました。
京島という街の引力に惹かれた、そんな仲間達の視点で描かれる街の姿もぜひ楽しんでください。
ハードウェアとしての本づくり
初めての本作りを依頼したのは、墨田区の印刷会社であるサンコーさん。凸工所のオープン時にも駆けつけてくれた、地域の頼れる先輩です。相談に伺うと「せっかくの凸工所なんだから、面白い本を作りましょうよ!」と発破をかけてくれました。
僕は普通の本作りさえ初めてでしたが、場所によって異なる紙を使ったり、紙に穴をあけたり、ビスで留めたりと、湧き出るアイデアは止まるところを知りません。議論を重ねた結果、最終的な仕様は以下の通り。
余程本とは思えないような情報が並ぶことになりました。精力的に対応してくださったサンコーの山中さん曰く「本、みたいな何かですね」とのこと(笑)。でも、たくさんの技術やアイデアを詰め込んだ、とてもいいものができた思います。
これを書いている現在、中身のデータはほぼ確定しましたが、外側の仕様はまだまだ調整中。本を作っているのに「パーツ」や「BOM(Bill Of Materials)」という言葉も飛び出しながら、クラフト感あふれる作業が続いていきます。
これからの礎、街の入り口になる一冊へ
正直言って、まだ工房の運営は全然満足いくものではありません。営業日も、料金体制も、サービスも未熟なところだらけ。ライターという仕事柄、他の工房を見る機会も多いので、そのギャップに未熟さを感じることもしばしばです。
……なの、ですが。
・文章を生業にしていた人間が工房を営み始めたこと
・街の濃さこそが魅力であり、その姿や関係性を詰め込めたこと
・本をハードウェアと捉えて作り込んでいくこと
これらの要素は、他ならぬ僕が今、このタイミングでこの街にいるからできたことだと感じています。
淺野義弘という人間が、京島という街で、自らものづくりをするならコレしかない。そんな一冊ができたように思います。この本づくりを通じて、街やそこに関わる人たちの魅力をより深く知れたのも、想像以上の嬉しい出来事でした。
そんな書籍『京島の十月』は5月末頃の完成後、随時販売を開始します。また、6月1日(土)の20:00からは、京島で出版記念イベント&販売会を行う予定なので、遊びに来てくれたら嬉しいです(詳細はまたお伝えします!)。
初めての方も、お久しぶりの方も。この記事を読んだ皆さんが、京島という街や、ものづくり工房での活動に興味を持ってもらえたら、これ以上嬉しいことはありません。