天使の輪ーそれから
医学部を卒業してから、何年ぶりだろう。
俺の里帰りは…
同級生でいつもクラスのアイドルだった成美が天国に旅立って、早20年、俺は成美の病気を治したくて、小学生のころ、医者になろうと、心に決めて、その後、担任や友達が度肝を抜くほど、勉学に励んだ。その結果、中高一貫の進学校に合格し、自慢の息子だと親は褒めた.
しかし、俺自身は全くうれしくなかった。いつも俺のそばで頭に天使の輪をキラキラさせて、笑ってた成美はいなかったから、そして、俺が高3になった夏の日、本当に天使になって成美は旅だった。
俺は成美の葬儀には行かなかった。いや、死んでしまった成美を見るのは怖かった。
小学生の時の笑顔だけが俺の脳裏に残ったままだ。
目的を失った俺は路頭に迷う。高3の夏休み、早起きして公園に行くと、相変わらず、小学生たちはラジオ体操をやっていた。変わらない光景の中に、天使の輪が揺れていた。
しかし。それは成美ではなかった。いつの時代にも成美のような少女がいるのだ。
小学校低学年と見えたが、小5だった。
「お兄さんもラジオ体操しに来たの?」
彼女は人懐っこい目で笑った。
「ううん。ただの散歩。今でも、ラジオ体操やってるんだなあ。それにして4人だけか!」
「まあね、でも、毎朝続けることに意味があるんだって…前に毎日来てたお姉さんが言ってたって私はまだ保育園の年長さんで。意味は分からなかったけどさ。私さ、小児がんで赤ちゃんの時から入院ばかりして、学校も院内学級に通ってた。だから、うちに帰ると、一人でいることが多くて、
それでも、ちょうど夏休みに退院できたら、必ずラジオ体操に来るようになってた。また10日したら病院に戻るの…」
さみしそうに言う少女に成美を重ねていた。その少女は成美の分身のように映ったから。いつの間にかじっと見つめっていた。
そこに、50代のおばさんが近づく。俺を不審者だと思ったのかもしれない。
しかし、それは俺の勘違いだった。
「哲司くん?」
俺はハッとする。目鼻立ちがなるみそっくりだったから。
「おばさん、ご無沙汰しております。この前は成美さんのお葬式に行けなくて申し訳ございません。おこがましくも自分が医者になって成美さんの病気を治すつもりでした。しかし、もう成美さんはこの世にいません。俺は目的を失いました。どうすればいいのかわからないまま、部屋に閉じこもっていたのです。でもふっと、公園に足が向きました。まだラジオ体操してるんですね。」
目から涙があふれていた。
「子供会自体はもうラジオ体操にはノータッチなんだけどさ。こうして来てくれる子供たちがいる限り、続けようって思ったんだ。成美の元気の源だったし、あのさっき話してた子は成美がきっかけで退院したときと夏休みが重なると、必ず、参加してくれるの。成美の思いはちゃんと外の世界へとつながってる。成美の魂はいろんな人の中で生きている。哲司くん病気な子供たちはごまんといる。あの子も成美と同じ病気なのよ。でもあんなに笑顔がキラキラしてる。何になろうと哲司くんの自由よ。でも成美という女の子がいたってことは心の隅でいいから残しといてね。あなたはあなたの道を探してね。」
ラジオ体操第一も深呼吸に入っていた。
おばさんの周りにカードをもって子供たちがやってくる。おばさんは一人一人に声をかけ、にっこり微笑む。
蝉の合唱が遠くの山で聞こえ出す。
「また明日」
少女は手を振って帰っていった。
元気の源!それを消えないように。
俺のできることはほんの少しかもしれない。
青い空を仰いで、「成美!俺をしっかり見ててくれよ!」
心の中で囁いた。
あの夏の日から20年。
俺は、小児がんと闘う勇者たちと共に生きる。
もう、ラジオ体操をする子供たちはいない。
しかし、俺の胸の中で、ラジオ体操は鳴り響く。
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今はまだ修行中の身ですが、いつの日か本にしたいという夢を持っています。まだまだ未熟な文章ですがサポートして頂けたら嬉しいです。