天使の輪ー卒業
桜の季節もうそろそろかな。哲司が小児科医になってもう30年以上経過した。
大学病院では最先端技術の医療に携わったが、なにか心に隙間ができ、地域の総合病院に異動した。その病院には、入院してる子ども達のために、院内学級があり、医師である哲司もよく学級に顔を出した。
今日はその病院の院内学級でささやかな卒業式が行われる。
卒業するのは、中3のひろみちゃん。春からは通信教育を受ける予定である。
ひろみちゃんは急性白血病で昨年春、大学病院から転院してきた。末期で骨髄移植しか助かる道はない。できるだけ家族の近くに居たい!という本人の希望もあり、実家近くにあるこの病院に転院したのだ。
ひろみちゃんは、輝く白い歯を見せていつも学級に通っていた。身体に点滴の管が入ったまま、薬の副作用がきつく髪は全て抜け落ちていた。それでもいい、勉強したい、みんなといたい!
哲司は時々容態の変化を見に学級に通っていた。
顔色は思わしくないが、表情は明るく、いつも笑顔だった。一つ下の俊くんとよく喧嘩をしていた。しかし、その喧嘩はふれあいの喧嘩だった。
ふと、小学時代の夏休みを思い出した。
いつも笑顔が輝く頭に天使の輪ができる女の子。成美。
彼女に託された約束、ラジオ体操のピアノ曲が脳裏に流れる。あの時は彼女が重大な病気だなんて知らずに、それでラジオ体操を彼女の代わりに最後の日までやった。
それから何度、彼女のいない卒業式を迎えたことだろう。
午前中の診察を他の医師に依頼し、学級へ向かう。手にはガーベラの花束。
ひろみちゃんが好きな花だった。
ピンクと白とオレンジ
白いガーベラを多めに入れてもらった。花言葉は希望。
病気が悪化しても、希望を捨てないで欲しいという俺の思いだった。
ひろみちゃんは、輝く笑顔で花束を受け取って
「先生今までありがとう。」と言った。
俺は冗談 めかして、「おいおい、これからも顔を見に来るからな!」
と答えたがひろみちゃんの主治医が変わるため、今まで通りという訳には行かない。お互いの暗黙の了解だった。
話してる最中、予期せぬ出来事が起きた。
ひろみちゃんの鼻から大量の出血。綺麗に着た紺色のスーツ、白いブラウスも血まみれになって、その場に倒れ込んだ。
それでも処置が早く、一命は取り留めた。病室で泣くひろみちゃん。
真っ青な顔がさらに青白く光る。
俺はなんと声をかけるべきか悩んだ結果。
「卒業おめでとう。これから何度も卒業を繰り返し大人になって行くんだね。でも、大人になっても卒業は何度もある。その度に悩むんだ。」
息絶え絶えに、ひろみちゃんは、
「今日は、先生にとっても、卒業式だね。私からの…」
そう言って微笑んだ口の端から白い歯が覗く。
その数時間後にひろみちゃんは息を引き取った。眠るような死だった。
ひろみちゃんは人生という大きな卒業を迎えたんだろう。
病院の屋上に上がった。
雲ひとつない青空…
俺もいつか、人生という大きな卒業を迎える。その時まであとどのくらいかはわからないけど、
「成美、その時は笑顔で約束守ったぜ!」
と言えるような卒業を迎えたい。耳の奥でラジオ体操のピアノ曲が響いている。