暗い中で愛をこめて
何処かに連れられていく。
多分ストレッチャーに乗せられているのだ。振動が、身体につたわる。そして、ふわっと上がる感覚。何かに乗せられた。昔の経験から、これは救急車?いや福祉タクシー。いつの間にか、時間の感覚は、曖昧になっていた。
俺はカメラを片手に、山の中を散策していた。ところが一瞬の光陰、ふわっと身体の力が抜ける感覚。その瞬間酷い激痛が身体を襲った。最後に振り絞ってピントの合わないままシャッターを切った。その後の記憶は飛んだ。
山に小さい隕石落下!メディアが、ニュースを世界中に、配信した。
私の夫が、今朝出かけた山……
私は、即座に警察に連絡した。
小さい隕石でも地球上に落ちれば、大惨事が予想された。しかし、極小さい石コロのような隕石は、周辺を少し燃やしただけで済んだ。だが、運が悪かったとしか言えない。夫の頭の上に石ころが落ちたのだ。
夫の死を覚悟する。夫婦2人、夫は、写真家、私は、フリーライター、ふわっと朝からサンドイッチを作って、コーヒーをポットに入れてリュックにつめた。
いつもの時間。いつもの習慣。
しかし、今、限りなく遠い世界に夫が行ってしまうという感覚に囚われる。
警察から連絡があった。夫は、生きていた。ほっと胸を撫で下ろす。県立大学病院にドクターヘリで運ばれ、今、手術中と聞く。容態については病院に行ってきいてください。との事。何も思いつかず、ただ夫の保険証と、いく枚かの着替えを詰めて、大学病院に向かった。
何も見えない、何も聞こえない。真っ赤に染まる夕焼けの中をただひたすら走り抜けたら、真っ暗な穴蔵の中閉じ込められる。幾日か後、何かに捕まえられる感覚に襲われた。その感触は、昔どこかで触れた温かさ。俺の身体は、麻痺しているらしい。感覚があるのは、右手の平。何も見えない何も聞こえない。多分栄養は、胃から直管を通して補給されているのだろう。穴蔵から、ふわっと触る感覚に泣きたい気持ちはある。
「あら目から涙出してるわ!」大学病院での、治療には限界があった。だから、在宅で、訪問看護と、医師の往診を利用し、夫婦2人暮らす選択をした。病院は、施設利用を奨めた。私は夫を愛していたから、離れて暮らすなど考えられない。。
夫の目から涙が流れていた。意識的かどうかは分からない。ただ右手の平を触る度に涙を流す。
意思がある。直感的に思った。夫の好きだったモカを入れてベッドの隣で、飲んだ。フルーティーで少し酸味のあるモカが私の胃袋を刺激した。もう何日もまともな食事をしていなかった。胃が刺激されて胃痛になつた。
実家の母が心配して、弁当を作って持って来た。
「顔色悪いよ。ちゃんと食べないと、光一くんより先に、あんたが死んじゃう。」
「大袈裟ね。私は逆境に強いって母さんが一番知ってるじゃん!」私の目にクマが出来てる事を凄く心配していた。
「わかってるけど、少し寝た方がいい私、しばらく光一くんみててあげるから、佳代、少し休みな。」
限界だった。だから、、少し母に甘えることにする。
手のひらの感覚が変わった。凄くガサガサした感覚。先程は、コーヒーの匂いが漂っていたが、今は緑茶の香りがする。
ここは、俺の家だろう。いつもの匂いがする。佳代の入れるコーヒーは美味い。
俺は、家に帰ったのだ。穴蔵ではなく、愛の溢れた家に……そういえば最近消毒の匂いがあまりしなくなった。たまにふわっとと何処かに浮いている感覚はある。しかし俺は、気持ちよさを感じた。右手の感覚が、温かさを思い出す。
昔、佳代と、よく手を繋いで、山を散策した。山の空気は、、フリーライターの佳代の息抜きだった。
しかし、今、俺を繋ぐのは、右手の感覚のみ。それでもいい。愛する人が側にいる。
「また涙が出てるよ」母が、ティッシュで涙を拭いていた。
「あ〜よく寝た!母さんありがとう。」
「あまり無理しないで、しんどい時は頼ってね!あんたの姉ちゃんも、近いうちに来るって言ってたから。」
「光一さん、あなたの家だよ。きっとわかってるよね。匂いが分かるんだよね。私は光一さん、あなたのことが大好きです。」
私は、右手の平に、「すき」とゆっくり人差し指で書いた。
俺は、右手の平に文字を書いたのを認識する。
す
き
好きだった……俺も、佳代が好きだ。いつもそばにいてくれてありがとう。言いたいが言えない苦しみ。もう少し指が動かせたら……
「また涙出てる。」最近光一さん表情豊かになった気がする。
一方通行じゃない。私たちは今日も、気持ちを分かちあっている。
(○・ω・)ノ----end-----