『唇にブルース・ハープ』 作者: 狩撫麻礼、中村真理子
横浜元町で、インテリアショップ店員として働いているチー坊こと島田千代之助の前に、あの男が突然姿を現した。
「センパイ!」
エレキ・ギターはプロ級、カワサキのW1スペシャルで長髪なびかせてドド〜ン、酒を飲むと「死ぬ死ぬオレは自殺する」と口ぐせの様に言っていた、当時の不良たちの憧れの的だったセンパイが帰って来たのだった。
でも何故? あれからどこへ消えたのか教えてくれたっていーじゃねーかさ!
「いろいろあったんだ。あんまりブルーすぎてヒトにゃ話せねえ・・・・・」
そのセンパイが、突然チー坊に命令する。
「結婚しろ」
新宿へと出向き、
「おまえの婚約者だ」
と、センパイが示したその女性”U子”は、チー坊よりやや年上。凛とした雰囲気を持った美人であった。
「待ってるからね、いつまでも。いつか迎えに来てくれるまで」
十年間ずっと忘れていたその言葉が、男に急に重くのしかかってきた。U子が”気掛かり”になった。だから男はこの街に戻ってきたのだ。
「どうしてオレなのさ」
「おまえはオレをコピーしてた。オレとおまえはよく似てる。こんなことを頼めるのはおまえしかいねえんだ。それくらいのことがわからねえのかッ」
就業後のU子を尾ける二人。なんとか声を掛けようとするチー坊であったが、なかなか思う様にはいかない。
彼女を追って角を曲がると、逆にそこで彼女が待ち構えていた。
「ついてらっしゃい」
という言葉に従い、喫茶店へ。
何も話し出せずにいるチー坊に、U子が先に言葉を放った。
「どうしたの? 用があるんでしょう。あたしに」
煙草はハイライト、音楽はブルース、ブービー・ジョー! 共通の話題から打ち解け始めた二人。
だがそれは、U子もセンパイをコピーし続けていたことでもあったのだ。
「昔・・・・・十代の頃、熱烈な恋をしちゃったのよね」
「今でも、その男のこと・・・」
「忘れたわ・・・・・忘れたと・・・思う・・・・・」
身勝手に生きてきたブルースマンと、今でもあの頃を胸に抱えながら美しくなった女。そして、その狭間に立つチー坊。
それぞれの選択は?
原作は狩撫麻礼で、作画が中村真理子。その後、何作も共犯を続けることになる二人の初タッグ作品は恋愛モノである。
しかし狩撫麻礼である。一筋縄にはいかない。
音楽家としてのセンパイの活動は、すれ違いの恋愛劇を意外な方向へと進めていく。
そしてラストには意表を突かれることになる。だが、個人的にはなんだかホッとさせられた。
ベイシティ・センチメンタル・ミュージカル。小粋な印象の物語である。