『引擎/ENGINE』 作者: 矢作 俊彦
築地署の刑事である游二(りゅうじ)は、張り込み中だった。このところ派手に稼いでいる高級外車窃盗団の、次の犯行予定を情報屋から仕入れていたのだ。
今回の盗難の標的はマイバッハ。駐車場を張る游二たち。しかし、早朝の銀座の街に唐突に響いたフェラーリV8の咆哮がうるさい。持ち場を離れ爆音の主を探した游二は、無理矢理フェラーリのエンジンを詰め込んだ黒いセダンを見た。
降りたのは黒いタンクトップを着た黄金色の髪の女。背中に裂傷の痕。
女は、銀座ティファニーのショウウインドーを覗き込みながら、紙袋から取り出した鯖のサンドウィッチを食べた。だが、紙袋に入っていたのはサンドウィッチだけではなかった。
女の手は紫煙に包まれた。ティファニーのショウウインドーは、女の撃った銃弾によってキラキラ輝きながら雪の様に白濁した。
十四億円のダイヤには目もくれず、小さなピアスだけをつまみ取った女は、無防備で屈託のない少女の微笑を浮かべたが、游二に気付くと老獪で妖艶な女の獣じみた微笑に転じた。
銃撃、V8の轟き。女は逃げた。
張り込み現場に戻った游二が目にしたのは、張り番の相棒である刑事の死体だった。そして駐車場にマイバッハは無かった。
事件の担当から外された游二は、謹慎中の身ながら一人で高級外車窃盗団と謎の女を追い始めた。
このタイトルの漢字二文字の熟語は、英語を当て字した中国語である。エンジンと読む。物語に登場する或るもののコードネームだ。
本作は、月刊自動車雑誌『ENGINE』で連載されていたので、よくもまんま持ってきたなという感もあるが、その為、車に関する描写やカーアクションなどにかなり力が入った作品になっている。
主人公である游二を中心に描いているが、敵である謎の女の存在がまた面白い。凶暴、大胆、凄腕、そしてエロティックで、まさに野趣に溢れた女。
游二は女を追う。取り憑かれたかの様に、自ら破滅へと向かうかの様に。
本作の書体は非道く簡潔。余分な虚飾を廃した硬派なものになっている。そして、矢作俊彦にしては意外ながら、大藪春彦へのオマージュも込められたハードボイルドタッチなアクション小説である。