『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 作者: フィリップ・K・ディック
本作は、私が初めて読んだディックの小説だ。手にした動機は無論、映画『ブレードランナー』の原作だったからだ。
その映画は、私に非常なショックを与えた。その頃のSF映画と言えば、ピュンピュンとレーザー光線が飛び交う様なスペースオペラ的なものが当たり前であったのに対して、退廃した未来を描いた本作『ブレードランナー』の世界観とビジュアルは完全に私の心を鷲掴みにした。初見から幾年月を重ねても、未だにジャンルに関係なく私にとってのNo.1映画なのだ。
その原作は案外に古く、1968年に出版されている。
兎にも角にも思い入れがある作品故、映画に於けるあの映像感覚がどうしても頭にあって、最初に小説を読んだ時には違和感が生じたのは事実だ。
その後、ディックの小説を読み散らかした結果、映画とは異なる感慨を得た私はすっかりディック小説のファンとなっていた。
そして、数十年を経て再読してみると、最初に読んだ時の様な違和感を感じることなく、というよりも、そんなことはどうでもよく大変面白く読むことができた。
映画との共通項を探すのではなく、純粋に作品を楽しんだ結果として得られたことは、他のディック作品とは一風異なる、ややエンタメ寄りな面白さであった。
戦争がもたらした退廃の世、自分は何者なのかという問い、夫婦不仲という、ディックらしいモチーフがバンバンな中に於いて、更には生命とは、感情とは、生きる目的とは何かを叩き込んでいる。
文章形式は三人称スタイルではありつつも、主人公リック・デッガードと、J・R・イジドアという二人の人間の主体的な叙述で物語は展開していく。
流れる様なストーリー展開の中、二人は様々な想いや悩みを抱えながら目の前に起こる出来事たちに対処していくのである。
未来の地球では、最終世界大戦の結果、放射性降下物の充満した灰色の大気の下で人々は生きていた。人類を含む動物は劇的に減少し、動物を所有することが最大のステイタスとなっている。
国連は、正式に生殖の資格を有しているレギュラー(適格者)に移民を促していた。移民者には各自の選択する型式の有機的アンドロイド一体を無料貸与されることが定められ、異星環境下の補助者となったアンドロイドは移民事業と密接な関係を持った。
だが、稀に法律を破って地球へ来た逃亡アンドロイドが存在する。
主人公リック・デッガードは、そのアンディーたちを始末することで報酬を得る賞金稼ぎ、バウンティ・ハンターだ。
電気羊しか持っていないリックは、動物を買うことをモチーフに、新型高知能アンドロイドであるネクサス6型脳ユニット6人を追う。
知能にかけては人類の大多数より優ったものに進化を遂げた彼らの望みは何?
殆ど人間の近似値となったアンドロイドと、人間との違いとは?
アンドロイドに特別な感情を抱き始めてしまったリックは、彼らの抹殺を完遂できるのか?
人々の動物に対する憧憬の想い、それからテレビのディスクジョッキーや宗教家など、様々な要因たちが混ざり合う傑作である。
自作の初映画化であったにもかかわらず、当初は批判的な態度をとってみせたディックであったが、当時としては遠い未来、2019年のロサンゼルスを描いた十分間程の雨降る街の情景のラッシュを観て大いに感動し、「SFの概念そのものにとって革命的な作品となる」とさえ述べたと言う。
だが、映画の完成を見届けることなく、ディックは公開直前の1982年3月2日に亡くなったのである。
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