『ユービック』 作者: フィリップ・K・ディック
短篇『宇宙の死者』と同様の世界観を持った本作。つまり、人間が死後、或る程度の期間「半生状態」にあるという未来だ。遺体は安息所で冷凍保存され、遺族は棺を通して半生者との脳波の交換、対話が可能だ。そして、「半生期間」が終わると本当の死が訪れるが、その期間は人それぞれだ。
また、超能力者の存在が当たり前になっている未来では、反作用的に自然発生した反能力者「不活性者」達が居るが、これも短篇『超能力世界』と同じである。
しかしながら、そういった舞台設定こそ短篇等と共通しているものの、ディックは全く別物の傑作を生み出した。
金銭にだらしがなく生活に困窮している普通人の技師 ジョー・チップは、不活性者達が勤務し、超能力者達から人々をガードすることを目的とした警備会社に所属していた。
彼の雇い主のグレン・ランシターと11人の不活性者達と共に、ジョーは超能力者を引き連れた敵対組織と対決するべく月面へと向かう。
しかし、到着直後に強烈な爆破を受け、ランシターは瀕死の状態に陥る。
辛くも逃げ帰ったジョー達は、絶命する前にランシターを半生状態にしようと努めるが、脳波の動きこそ確認できるものの、彼との会話は成立しない。
そしてジョー達の周囲に異変が起き始める。
タバコ、コイン、コーヒー、車、あらゆる物が古びていく。やがて街並み自体も含め、全てが1939年に向かっていく。
異変はもう一つ。それは、映話機、広告、テレビ、それらからランシターの一方的なメッセージが届き出したのだ。
不可思議な退行現象の中、仲間が一人ずつ急速な老化で死んでいく。
ジョーは、ランシターからのメッセージに基づき、唯一この退行を止められるという「ユービック」を入手しようとする。
退行現象の原因は?
ジョー達の敵は何者なのか?
これは現実なのか?
謎、謎、謎、全てが謎だ。
少し暗めなムードで進行する本作。
ディックの作品中でも極上に面白いSFミステリーだ。