『奇子』 作者: 手塚治虫
「黒手塚」
漫画の神様 手塚治虫の作品群の一部はそう呼ばれている。
人間の暗黒面を描くシリアス作品を指すのだが、その中でもトラウマ級の作品の一つが、1972年1月25日号から1973年6月25日号まで『ビッグコミック』で連載された『奇子(あやこ)』だそうだ。
昭和24年、戦争から或る男が復員したところから物語は始まる。男の名は天外仁朗(てんげじろう)。迎えに来てた母親と妹と共に青森県の実家へと戻った仁朗。
一家の長たる父親、それから母親、兄とその妻、妹、弟が仁朗の家族であったが、新たな家族が生まれていたことを知る。
既に5歳になっていた奇子(あやこ)は、異母兄弟だった。しかも、父親が奇子を孕ませた相手は、兄の妻であった。遺産相続を餌に父親は息子の嫁に手を出していたのだった。
と、出生からして酷い奇子だったが、やがて更なる不幸に見舞われる。
GHQのスパイに身をやつしていた仁朗は帰国後にも指令に基づき犯罪を犯す。その証拠にも繋がるものを見てしまった奇子は、世間体を気に掛ける天外家の皆の合意の上、土蔵の地下室に幽閉され、死亡したことにされた。そして仁朗は、天外の家を放逐されたのであった。
奇子に自由を許されるまでには22年を要した。
東京に居を構える暴力団の親分、祐天寺の元に大きな箱が届く。箱の中には成人化した奇子が潜んでいた。定期的に奇子宛に送金を重ねていた祐天寺を頼りに、奇子は天外家を逃げ出してきたのだ。その祐天寺とは何者か?
と、あらすじを抜粋したものの、実際はもっと複雑な人間関係がとぐろを巻く本作。詳しくはとてもここでは書き切れない。
そして、とにかく天外家の人たちは全員が悪い奴等だ。その彼等には、ラストに皮肉な状況が訪れるのである。
手塚治虫の言葉によると、本作はもっと長い大河的な規模にする積りだったらしい。本作では仁朗がストーリーを引っ張っていたが、長編作になっていたら、奇子がその立場を引き継いでいたのかもしれない。