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サステナビリティ考|ずっと続いてほしいものにエールを

イッタラの花瓶を友達の結婚祝いに贈ることにした。表参道を歩いているときにたまたま見つけて、「これしかない」と思った。

iittala HPより

一点一点手作りで、厚み、重さ、気泡の入り方、全部違うらしい。リサイクルガラスだからこその絶妙なグレーの色合いと、縁が描く不均一なカーブが、遊び心とかっこよさを併せ持った友達のイメージとぴったりだった。

***

心惹かれるものにお金を払いたいと思う。
例えば、職人やアーティストと呼ばれる人の仕事。

こういう買い物は、金額以上の満足がある。

ものを通じて誰かと会話している感覚、
世界の一員になったような感覚、
貴重な仕事の一部を担わせてもらってるような感覚だ。

右上に寝室に飾った岡田葉さんの作品。
毎朝毎晩あいさつ
版画の先生、イングリッドさんの作品。
エディンバラから大事に持ち帰った
神戸塩屋で見つけた台湾の雑貨



芸術は、世に出て誰かの人生の一部になることでより輝く、みたいなところがあると思う。だから烏滸がましいけど、作り手はもちろん大事で、そのうえで受け手の存在も大事なんだ。

あの花瓶の受け取り手は、きっと友達だ。だといいな。


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昨日、参加しているプロジェクトのパートナー(経営コンサルタントとしてトップクラスの人、会社によって呼び方が異なる)と、話す機会があった。

これまでどんな仕事してたの?の質問に、
「サステナビリティ経営のアドバイザリです」と答えた。

「でも最近は、サステナビリティはクライアント企業にやってもらうよう促すんじゃなく、自分でやりたい、と思っていて」

「質素な生活をするってこと?」

「いいえ、質素や我慢はサステナビリティの本質じゃないです」

「本質とは?」

「無理なく楽しいこと、だと思います」

自分からボスに本質論を持ち出した割には浅いなあと思った。


だけど。
その翌日に花瓶を見つけたとき、あの答えはやっぱり間違っていないんじゃないか、という気がした。無理なく楽しいこと。

サステナビリティは一見、資本主義の否定かと誤解されることが多い。
確かに資本主義もいまのままでは良くない。でも、資本主義は「もっと満たされたい」という人の欲求を叶えるもので、その欲求は本能的なものだと考えてる。本能の否定は人間性の否定でもある。人間を否定する活動は現実的に続かない。

一方、続けたいと思うことの条件は明白だ。
楽しいこと、わくわくすること、美しいこと、面白いこと。これを、作り手・売り手・買い手のそれぞれがそれぞれの立場から感じられることが重要だ。作って面白い、誰かに心から届けたい、わくわくしながら手にとる。

実用的な機能だけ消費されて捨てられていくものじゃなく、それが存在することに価値があるようなものが、今後の世界にもっと必要になっていく気がしている。そういうのは、機械やAIじゃなく人間の仕事だろうと思う。

まずはその価値に共感する誰かに繋がり、それがまた次の価値を作り出す原動力になるのがいい。だんだんと市場が大きくなり、消費のあり方も変わるかもしれない。

市場を作り牽引する側のトップダウンも大事だけど、ボトムアップで私にできることをやってみたい。

その一端として、心惹かれるものにお金を払う。
これも確かに楽しいのである。

お家にこの吹きガラスの鳩をお迎えしたいと思っているのですが、さすがに迷うお値段。無理はいけない。



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