荒んだ心に1輪の花を飾りたい

「この世界を新しく作り直す為に破壊する事を決めたんだよ」

こんな感じのセリフは結構色々なゲームで使われている。

僕も同じような事を思いたくなる時がよくある。

自分の心が正常なのか、はたまた荒んでいるのか、自分自身ではよく分からない。喜怒哀楽、多種の感情があってこその人間だから時々荒む事があっても別におかしい事ではない。

でも慢性的に荒んでいるような気がしたり、ふとしたきっかけで負の記憶が蘇って来てその感情に囚われ、筆を動かすような事があるならそれは心が荒んでいるのかもしれない。

荒んだ心に絶対枯れない1輪の花でも添えられるなら、まだどうにかなるのかもしれないけど僕はその花を探せずにいる。破壊的衝動とも違うし自滅願望ともまた違う、何だか説明のしようがない何とも言えないグダグダな感情。

それをゲームで例えるなら最初に挙げた言葉になりそうだと思った。

だけど僕は破壊して作り直すほどの知恵は無いし、体力も無ければ気力も無い。

意味があるか無いか分からない事を延々と繰り返しているだけ。

幸せそうな人や「ごく普通に暮らせる人」が羨ましいなと思って見ていたり、時には意地悪な感情が一瞬心を横切る事はあるけど、誰かが不幸になる事や悲しむ事は大嫌い。

だから時々矛盾した行動を取ってしまう。

小さい頃に犬で嫌な思いをしたことがあるので動物は全般大嫌い。
それでも僕は犬猫の保護に数円程度だが時々募金をする。
何故だろう?嫌いなら無視すればいいのにね。

嫌いなものに対して支援するという何とも矛盾した行動。

僕の知らない所で何者かが救われ、幸せになっているのならそれはそれで良い事だ。

僕が壊すべきは何なのだろう?

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