大阪府の「C問題」:その難易度が府民を惑わす
C問題って何?
大阪府公立高校入試の一般選抜の学力検査で課されている、難易度の高い入試問題のことです。
2016年度から、大阪府公立高校入試の一般選抜の学力検査では、国語・数学・英語の3教科で「A問題」「B問題」「C問題」の3種類の入試問題を用意しています(理科・社会は全高校で共通問題)。
A問題は基礎的問題、B問題は標準的問題、C問題は発展的問題と位置付けられていて、C問題は3種類のうち最も難易度が高い入試問題です。各高校は事前に、自分の高校が国語・数学・英語のそれぞれでどの種類の問題を課すかを公表するので、受検生は自分の志望校で課される種類の問題に合わせて対策を行うことになります。
150校余りある大阪府の公立高校のうち、2024年度入試で1教科でもC問題を課す高校は26校。いわゆる進学校とよばれる高校は、軒並みC問題を課しています。
C問題はとても難しい
日本の公立高校入試の入試問題は、平均点が満点の50~60%程度になるように作られていることが多いです。これは、あらゆる学力の持ち主が受検した上での平均点なので、いわゆる進学校がこうした入試問題を課した場合、受検者の平均点は満点の80%程度かそれ以上になることが珍しくありません。
大阪府教育センター(大阪府教育委員会が管理する組織です)は毎年、大阪府公立高校入試の合格者平均点を公表しています。その中からC問題の合格者平均点を取り出してみました。
年によってバラツキがありますが、C問題の合格者平均点は100点満点換算で50~60点程度、90点満点なら45~54点程度で推移していることがわかります。C問題を課す高校はいわゆる進学校が中心で、受検者の平均的な学力も高いことを考えると、他の都道府県の公立高校入試に比べてかなり難しいことが伺えます。しかも、この調査で公開されているのは合格者平均点ですから、不合格者も含めた受検者全体の平均点はさらに低い可能性が高いです。
塾通いがほぼ必須?
大阪府教育委員会が公開している入試過去問を見るとわかるように、C問題はA問題やB問題に比べて問題の分量が非常に多いです。その上で、複雑な問題が多く出題されています。
しかも、中学校での学習内容から逸脱してはならないとされてきた公立高校入試において、C問題は中学校の学習内容から逸脱していると公言する人が後を絶ちません。
私は当初、学習塾の人のポジショントーク(C問題は難しい、だからうちの塾に通おう!)を疑っていたのですが、いざ過去問を眺めてみると、公立中学校の授業をきちんとこなすだけではC問題には太刀打ちできないだろうと思いました。少なくとも、公立中学校の中で与えられる教材だけでは足りないでしょう。
実際、C問題を課す公立高校を志望する大阪府の中学生であれば、大多数は塾に通っているそうです。
C問題を課す公立高校のうち、いわゆる難関大学の合格実績の見栄えがとくに良い10校には、普通科ではなく文理学科が設置されています。要するに学校全体が"普通科特進クラス"のようなものです。関西で有名な学習塾・馬渕教室の発表によれば、2023年入試で文理学科の合格者の過半数が馬渕教室の生徒でした。文理学科の最難関(=大阪府公立高校の最難関)である北野高校に至っては、合格者の約85%を馬渕教室の生徒が占有しました。大阪府には馬渕教室以外にも塾はありますから、通塾せずに文理学科に進学した生徒は極めて少ないと考えられます。
これは私の個人的な感触ですが、東大・京大の合格者に占める通塾しなかった人の割合よりも、北野高校合格者に占める通塾しなかった人の割合の方が低いと予想します。通塾は費用や時間がかかり誰しもが取れる選択肢ではないこと、さらに内申点も評価されることも踏まえると、東大・京大に合格するよりも北野高校に合格する方がある意味で難しいのではないでしょうか。
世にも奇妙な「英語C問題」対策
C問題を課す大阪府の公立高校入試で圧倒的な合格実績を出している馬渕教室は、高校受験生に英検2級以上の取得を奨励しています。馬渕教室が実施する英検対策講座は、馬渕教室の生徒なら受講料無料。馬渕教室の校舎が多数、英検の準会場に指定されているほどの力の入れぶりです。
英検を実施する公益財団法人日本英語検定協会によれば、英検2級の難易度は「高校卒業程度」とのこと。高校生でも簡単には合格できない英検2級を、中学生のうちに取れればすごいことには違いありません。けれども、ただでさえ難易度の高い高校入試に挑まなければいけない中で、英検2級の取得をも目指すメリットがあるのでしょうか?
実は大阪府公立高校入試には、英語資格保持者に対する優遇制度があります。TOEFL iBT、IELTS、英検で一定以上の点数または級を持っている受検者は、学力検査の英語で一定の成績が保障されるのです。
TOEFL iBTやIELTSは受験料が2~3万円するので、大多数の受検者は英検の活用を考えます(英検も昔に比べるとかなり値上がりましたが…)。たとえば英検2級を持っていれば、英語の点数は72点(満点の80%)が保障されます。当日の英語C問題で71点以下しか取れなくても、72点を獲得したものとみなしてくれるのです。
言い換えると、「英検2級」と「英語C問題72点」が同じ価値だと、少なくとも大阪府教育委員会は認めているわけです。
ここで、前述した英語C問題の合格者平均点を見返してみましょう。英語C問題の合格者平均点は、100点満点換算で60点前後、すなわち90点満点で54点前後でした。もし英検2級を取得し72点が保障されていれば、英語C問題を課す高校の受検者の中でもかなり優位に立てますよね。
それでは、大阪府公立高校入試で英語資格を活用する受検者はどれくらいいるのでしょうか。大阪府教育委員会が公開している公立高等学校入学状況概要によると、制度が始まったばかりの2017年入試では345人(延べ志願者数の1%未満)だったのが、活用者は年々増え続け、2023年入試では3999人(延べ志願者数の約9%)まで膨れ上がりました。英語資格を活用する、すなわち英検2級相当以上を保持する受検者は英語C問題を課す高校の志願者に集中しており、文理学科の志願者に至っては過半数が英検2級相当以上を保持している事態になっています。
志願者に占める英語資格の活用率は、おおむね合格難易度順に並んでいます。岸和田高校であれば「英検2級を持っていれば有利」で済むかもしれませんが、北野高校であれば「英検2級を持っていることが受検の前提」と言える割合です。
これだけ多くの受検者が高校入試前に英検2級以上を取得していることも驚きですが、より注目すべきは、英検2級以上を取得している受検者がこれだけいるにもかかわらず、英語C問題の合格者平均点が54点前後(100点満点換算で60点前後)に留まっていることです。「高校卒業程度」の英語力を認められた英検2級取得者をもってしても、英語C問題で72点を超えるのは難しいのです。
実績ベースでは「英検2級」の方が「英語C問題72点」よりも易しいにもかかわらず、英検2級相当を取得すれば英語C問題72点が保障されるわけですから、受検者としては英検2級を取得する方が合理的です。極端なことを言えば、中学3年の夏か秋にでも英検2級を取ってしまえば、そこから入試本番までの数ヶ月間は高校入試のために英語を学習する必要がなくなり、他の4教科の対策に時間を注ぐことができますよね。
最良の英語C問題対策は、英検2級を取って72点を確保すること。
こうして、大阪府の公立高校受検者の間で英検2級受験者が増加の一途をたどっていったのです。
試験の難化が教育費の高騰を招く
大阪府教育委員会が公立高校入試でC問題を採用した背景には、受検者間の点数差を付きやすくして選抜しやすくする意図に加えて、いわゆる進学校に進学する生徒の高校入学時点での学力を向上させたいという事情があります。厳しい中学受験を経て中高一貫校に進学した生徒に比べて、公立中学校に進学した生徒は高校入学時点までの学習量が少なくなりがちです。難易度の高い入試問題を課すことで、高校入試までに要求する学習量を増やし、高校進学後の授業に適応しやすくしたいのです。
大阪府で公立進学校を志望する生徒は、C問題を避けては通れません。彼らは挙ってC問題対策に勤しみ、C問題に挑まない生徒よりも学習量を増やしていることでしょう。一方、C問題が公立中学校の授業だけでは太刀打ちできない難易度であることから、彼らの中で塾通いがほぼ必須という風潮が生まれました。さらに、英語C問題72点獲得が英検2級取得よりも難しいことから、英検2級の取得も事実上必須になりつつあります。たとえ公立高校の授業料が無償化されようと、その公立高校に入るために結局お金がかかるのです。
高校入試のために課金するのを避けるなら、公立中高一貫校に進学してはどうかという意見が出るかもしれません。しかし、先行して公立中高一貫校を増やした東京都では、公立中高一貫校対策塾が浸透し、合格者の過半数がそうした塾の出身者で占められるようになりました。公立中高一貫校対策塾に通うのにかかる費用は、私立中学受験を目指す塾に通う費用と大きな差はないそうです。
入学試験に立ち向かう上で経済力がものを言う構造は、たとえ学力重視の試験であっても逃れられないし、要求する学力水準が高まるほどこの構造が強化されることを見落としてはいけません。
平均点が10点でも変わるなら
英語C問題72点獲得よりも英検2級取得の方が易しいために、受検者は早めに英検2級を取得してしまい、それ以降は英語以外の4教科の対策に注力するという勝ちパターンが生まれました。ところが、入試直前期に英語の学習をおろそかにするためか、英検2級を持っているにもかかわらず高校入学後の英語の授業についていけない生徒が出てきているという問題が起こっているようです。2021年に、文理学科設置校のひとつである大手前高校の校長先生が、この件を危惧する声明を中学生に向けて発信しました。
その影響かは不明ですが、2022年・2023年の英語C問題の合格者平均点は、それ以前よりも高くなりました。90点満点で、2022年の合格者平均点は62.1点、2023年の合格者平均点は60.6点と、それ以前よりも10点ほど高くなっています。もし、この合格者平均点がさらに10点ほど上がったならどうなるでしょうか?あえて高校入試対策のさなかに英検2級を取得しなくても、英語C問題に照準を合わせた対策を取ることが合理的になると考えられます。
英検2級の取得が高校の英語の授業に役立たないとは言いませんが、それがかえって英語学習の空白期間を誘発してしまうのであれば、学力向上の目的に照らしても改善した方がよいでしょう。英語C問題の難易度調整こそがそのカギを握っているのです。
そもそも、進学校だからと言ってC問題を採用すべきなのでしょうか?
C問題の合格者平均点が90点満点で45~54点程度だとすると、最難関の北野高校ではおそらく60~70点程度を取る受検者が大勢いるでしょうが、30点程度しか取れない受検者ばかりの高校もあるでしょう。たとえば数学C問題であれば、大問1の計算問題だけ確実に解いて、後半の図形問題は捨てている受検者もいるのではないでしょうか。これでは、その受検者の図形問題に対する能力を推し量ることができません。
また、ほとんどの受検者が解けない問題を多く含む結果、平均点が低すぎる教科は相対的に重要度が下がります。そうした教科では「少し得意」なくらいでは他の受検者と差が付けられないからです。数学(C問題)の1点も、社会(共通問題)の1点も同じ「1点」ですから、数学で点数が伸ばせそうにないなら、社会の点数を稼いだ方が合理的です。数学の学力が高い生徒を求めて数学C問題を課したら、かえって数学が得意でない生徒が多数合格してしまった、ということにもなりかねません。
たとえば寝屋川高校は文理学科10校に次いで合格難易度が高い大阪府立高校ですが、当初は国語・数学・英語のすべてでC問題を採用していました。ところが2018年に数学をB問題に切り替えます。2017年の数学C問題は合格者平均点が90点満点で30点未満でしたから、寝屋川高校では10~20点台の合格者が続出して「これでは学力差が分からない」となったのでしょうね。さらに2020年からは国語と英語もB問題に切り替えました。正直、賢明な判断だったと思います。一方、寝屋川高校よりも合格難易度が低い高校でC問題を採用している高校がありますが、果たして本当に学力差が点数に反映されているのでしょうか…?
ちなみに寝屋川高校は2024年から国語と数学をC問題に戻します。合格者平均点が安定してきたからでしょう。それでも英語をB問題のままにしているところに「わが校は英検2級を求めない」という意思が現れています。このように、入試問題の難易度は学校の実情に合わせて柔軟に調整するべきであり、見栄や体裁で高難度の問題にこだわってはいけないのです。
まとめ
大阪府公立高校入試では、学力上位層の適正な選抜と学力向上を期してC問題が導入されましたが、その難易度の高さゆえに、通塾による対策が加速したり、英検2級の取得者が急増したりしました。入試問題の難易度調整という、おそらく数人の教育行政関係者によるささやかな意思決定が、数千人もの中学生の行動パターンや、教育産業の市場規模を左右する力を持っています。その力の大きさはひとつの法律・条例の制定にも匹敵するでしょう。だからこそ、恣意的な意思決定がなされないように地域住民が目を配らなければならないのです。
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