100gの想像力
100g。1kgの10分の1で10kgの100分の1。数字の上では大した重さでは無いと思うけど、実際手に取ってみると思ったよりずっしりとした質量がある。それが100gだ。
SNSやyoutubeのコメントなんかで他人に向けて誹謗中傷を繰り返している人を見かけるとふと思う。その指でつい今しがた打ちこんだその言葉を向けられて、本気で傷ついたり苦しんだりする人がいると想像出来なかったのだろうか、と。今日一日がその人にとって最悪な日になってしまうかもしれないと想像出来なかったのだろうか、と。そんなことをしても誰の得にもならないのに。
朝の駅で人と肩がぶつかった時に「チッ!」と舌打ちしたり「っ痛えなあ!」と怒鳴ってみたりする人を見かける。そんなことをしたら相手が今日一日どんな気分で仕事や学校に行くのか想像出来なかったのだろうか、と。それが原因で相手が大事な仕事でミスをしたりテストで良くない結果になってしまうかもしれないと想像出来なかっただろうか、と。そんなことしても何の得にもなりはしないのに。そう思う。
もしもほんの少しだけ。あとほんの少しだけ。この世界に生きる皆に想像力があれば傷付かなくて済んだ人がいたかもしれない。苦しまないで済んだ人がいたかもしれない。
みんながみんな常に他人気遣って生きるべきだと言ってるわけじゃない。私たちは生き物だし、ある程度は自分本位に生きて良いと思う。
だけど少しだけ。そう、例えるならあと100gくらいの質量感で他人を思いやってあげれば誰にとっても過ごし易い社会になっていくと、それこそ想像するに硬くない。
SNSで引用したり返信したりする前に「本当にこのツイート、必要かな?」と想像してみる。
youtubeでコメントする際に「リアルでこんな事言われて嬉しいかな?」と想像してみる。
肩がぶつかってしまった時になんと言えば良いか想像してみる。
その想像力を持つだけでこれからの未来、どんなにネットが発展していっても人の関係は良好に保たれるのではないかと信じたい。
ではその想像力はどうやって培うのか。簡単な話。実際に人と会って話せば良い。それだけですぐにではないにしろ相手がどんな風に考えるかを想像できるだけの力は養えると思う。
100gの想像力を養う。それが私が考える、我々の未来のためにできることだ。
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