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ショートショート

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#cakesコンテスト2020

桜の咲く頃【ショートショート】

桜の咲く頃【ショートショート】

「こいつが咲く頃には思い出すのう」
おじいが庭のソメイヨシノを見ながらポツリと言った。
「お前に怖い話をしてやろうか」
「怖い話?いいよ、怖い話なんて」
「それが本当だと思えば怖い話で、おとぎ話だと思えば美しい話になる」
おじいは話をやめる気はなさそうだった。仕方なく僕は聞くことにした。

「むかしむかしのことだった。この村に、それはもう美しい娘がおってな」
「おじいもその人のこと好きだったの?」

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便利すぎる世の中【ショートショート】

午前7時半。ベッドに揺さぶられながら起床。オキテクダサイ。キショウノジカンデスヨ。オキテクダサイ。ベッドの枕元から流れるアナウンスを止める。
昨晩、疲れてそのまま寝てしまったので、風呂に入る。裸になって、部屋の隅の小部屋に入る。昔あった、部屋置きのシャワーのような大きさだ。パジャマは脱ぎ捨てておいても良い。自動洗濯機が拾い上げて洗っておいてくれるからだ。バスルームに入りボタンを押す。すると化学分解

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エスパー イエツサン【ショートショート】

隣の家津さんは、エスパーであると公言して憚らない。
ある自治会の時、自治会長が、それでは今日はこれで、と言った途端に立ち上がり、実は私はエスパーなんです、と言ったのだ。そしてすとんと座った。座って何事もなかったかのような涼しい顔をしていた。
家津さん、推定年齢58歳。早期退職をして、退職金で隣の中古住宅を現金で買ったという噂だ。推定金額500万円。家族はなく、ずっと独身を貫いてきたんだそうな。推定

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狸の演芸会

すっかり遅くなってしまった。
仕事帰りに旧友と会った帰りだ。
何年ぶりだろう。三年ぶりか?そう考えると感慨深くなるほどの年月、会っていないわけでもなかった。

いつもの通勤路だが、こんな深夜に走ることは滅多にないから新鮮だった。
バイパスだというのに車が1台も通っていない。
青信号がずっと先まで続いてのが見える。日中と違いスムーズで、気持ちよく走れる。

あ、黄色になった。家の最寄りの信号までノン

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互い違いの靴下

互い違いの靴下

駅前のブティックで、カーディガンを買った。なんと、靴下の襟がついたやつだ。

「わあ、かわいい」
それは、ショーウインドウに飾ってあった。私の目は釘付けになった。
私を見留めた店員が、すかさず近寄ってきて恭しく言った
「こちら、1点物でございます」
「1点物?」
私は怪訝に思った。かわいいのは確かなのだが、一つ腑に落ちない点がある。
「あのう、この靴下、互い違いなんですか?」
私は襟をしげしげと見

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