狸の演芸会

すっかり遅くなってしまった。
仕事帰りに旧友と会った帰りだ。
何年ぶりだろう。三年ぶりか?そう考えると感慨深くなるほどの年月、会っていないわけでもなかった。

いつもの通勤路だが、こんな深夜に走ることは滅多にないから新鮮だった。
バイパスだというのに車が1台も通っていない。
青信号がずっと先まで続いてのが見える。日中と違いスムーズで、気持ちよく走れる。

あ、黄色になった。家の最寄りの信号までノンストップでいけるかと思ったが、やはりそうはいかない。

このバイパスは小山を切り拓いて走っている。ちょうど今、山の真ん中あたりにいて、交差点の付近には街灯以外には何もなかった。右手の方には少し離れて集落が見え、左は山の断面が見えるだけだ。

他に動きのあるものがないせいか、信号待ちがやたらと長く感じた。
いや、感じるわけではなかった。さっき、ちらっと時計を見ていたが1時5分を表示していた。それが今では1時15分になっている。最低でも10分は待たさているということだ。
長く待たされた苛立ちよりも、こんな人気のないところにポツンと止まっていることに、恐怖を覚えた。
丑三つ時か…。柄にもなく背筋がゾワッとした。
それにしても、なんだってこんな夜中に、こんなに待たせるんだろう。他に車も走ってないのに。

その時、信号が変わった。良かった、進める。安堵もつかの間、よくよく見たらピンクだった。ピンク?ピンクだって?信号にピンクが増えたなんて、そんなことあるのか?
唖然としているうちに、また変わった。今度は紫だ。これは、目がおかしいのか?目を凝らしてみるが、紫のままだった。
目を凝らしているうちに、また変わった。今度は虹色だ。これはどう考えても目のせいではない。頭がおかしくなったのか、夢を見ているのか。
そう思っていたら、今度は街灯までが好き勝手にオレンジや緑に色を変え始めた。
驚いている間もなく、大音声で音が聞こえてきて、思わず耳をふさいだ。こんな夜更けに迷惑じゃないのか。
よくよく聞いてみるとサンバ風の音楽のようで、赤や黄色に明滅する光の下に、それに合わせて踊るダンサーたちが現れた。
ダンサー達は背中の羽飾りを揺らしながら、横断歩道を渡っていく。
サンバホイッスルが最後にピーッピッピッと鳴り、続け様に白鳥の湖が流れ始めた。
繰り返すが大音声である。優雅という音量ではない。音の暴力だ。
それに伴って一対のバレエダンサーが躍り出てきて、くるくると横断していく。
「わっ」
バレエの名残を惜しむ間もなく、牛がまさに車にぶつからんと走り来て、思わず腕で顔を覆った。
そこへ颯爽と闘牛士が現れた。
闘牛士と牛は、ビゼーの闘牛士の歌に乗って勇ましく退場した。
それにしても、車の鼻先をかすめるように通っていくのに、誰一人としてこちらを気にすることもない。
今度はちんどん屋が現れた。こちらもありえない音量だ。あのチンというような音が、割鐘でもたたいているかのように響いてくる。真ん中には太鼓の女がおり、一番うしろから、男がサックスで祭り囃子のようなものを吹きながらついてくる。
この大音声、早く終わってほしい、どうにか逃れる方法がないか。そうだ、分離帯があるからUターンはできないが、せめて少しでもバックすれば……。
と思いついた途端、ちんどん屋は行き過ぎ、音はぴたっと止まり静まった。
すると信号も該当も一斉にオレンジ色になり、温暖歩道の一点をスポットライトのように照らし出した。
そこには、小さな子だぬきが立っていた。
目が合うと狸は、ぺこりと一つ、恭しくお辞儀をした。
「えー、竹元様ー、この度はぁ、私どもの演芸会にお運びいただきましてぇー、誠にありがとうございました」
え?なぜか私の名前を知っている?いやそれよりも狸が喋っている方がおかしいだろう。
「えー、お送りした招待状、読んでいただけて幸いにございましたー」
招待状?気づくと私の手には一枚の紙が握られていた。上等な紙で作られている。
『竹元伸一様 来る3月15日 1時15分より、狸一座演芸会を開催いたします。よろしければお運びください。』
こんなもの今初めて見た。
「えー、暗い真夜中のことですからぁー、どうかお気をつけてお帰りくださいー」
狸はここで一礼すると、窓を開けるよう合図をする。開けてやると、何やら菓子折りのようなものを恭しく差し出した。
私は渡されるままに受け取り、辺りを見渡すと狸はおらず、街灯も白に戻っていた。信号は青だった。慌てて発進した。

何だったんだろう。周りの集落は寝静まっている。少し離れているにしても音ぐらい聞こえただろう。あれだけの大音声だったんだからな。
あれこれ考えながら走っていたのに、家に着くと不思議な眠気に襲われ、服のまま寝てしまった。

翌朝目を覚まし、昨日のことを思い出したが、どうせ帰宅してから見た夢だったんだろうと思い、ベッドから立ち上がると、テーブルの上に菓子折りがあった。
…どうやら夢ではなかったらしい。
菓子折りを開けてみる。中には桜餅が入っていた。道明寺粉でなく、きちんと餅米で作られていて、桜の葉も丁寧に塩漬けしたものが巻かれていて、とても美味しかった。
たぬきの演芸会か。なかなかよかったじゃないか。
3月15日、ああ、今日は俺の誕生日じゃないか。祝ってくれたのだろうか。そう思ったら、狸たちへ感謝の念が湧いてきた。ただ、来年もやってくれるなら、あの大音声だけは勘弁してほしいと伝えておかなくては、と思った。

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