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光野朝風
2017年10月31日 00:55
将和は努力や実力を中心とした成果主義の場所で生きてきたため宗教的な慣習、初詣すらも行かない人間だったが、前の仕事を突然辞め、北九州に響子と一緒に暮らすようになってからは休みの日を利用して、よく出かけるようになった。 妻の響子は結婚当初から子供が欲しいと願っていたが、十二年間叶わず仕舞いだった。いつか、とは思っていたが多少の焦りもある。しかし一度決めたら変えない夫の性格を思うと強くは伝えられ
2017年10月3日 06:50
門司港が旅の終わりだった。 ただ一作。中編の小説で、生涯名の売れなかった作家が残したものだった。 祖父が老衰でついに亡くなり、遺した一軒家に僕が移り住むことになったのだけれど、家の中を掃除している時に階段下の物置からダンボールが見つかった。 中には母親の中学生時代の日記。 まさか自分より年下の時の母の日記が読めるとも思わず、いけないと思いつつ読んでいったけれど、随分と