母をゆるす
他人に振り回されるのは、他人のごきげんとりは、すごく疲れる。睡眠を邪魔されるのはすごく疲れるし腹が立つ。それが愛する息子であっても。
母を少し赦した。
母はつらかったろうし、八方塞がりで、当時は時代背景もあって離婚も難しく、逃げ場がなかったね、と漠然と思ってきた。唯一の頼りとして存在したはずの父は、姑との配慮もそんなにしてくれず、子どもの世話も丸投げだった。
疲れ果てて、心にゆとりのない生活、まともになってほしいと信じて、いろいろ自分ができることのすべてを投入してきた(過干渉すぎた)、なのに娘が高校入ってからおかしくなる。
自身が乳がんにかかり、とてもつらいときに、父に否定された気持ちになり、そのままセックスレス。その上私が大学入って安定してきて良かったなと思ってたら、父の浮気発覚。
自分の存在や人生ってなんだったんだろうと、今までで一番のショックを受けるよね。今まで我慢してきた自分、なんだかんだ好きだった父という存在、全てを否定されたような気分。
どれほどのものだっただろう、そりゃ死を選ぶよね。
だから母の死は父の浮気によるもの、という端的な出来事ではなくて、今までのことが全部結実して死に至ったんだなと思う。
父に初めて、妻にその扱いはないよ、感謝しろよと思った。妻は女中扱いって人権しかなかった背景を含めても。
母もきっと、主張のできない人だったんだろう。そういう妻だと思いやる父の気持ちは、なかったのか、どんどんなくなっていったのかわからない。
父母ともに、それぞれに親の愛情を得られないまま育った。夫婦になって、子どもができて、親になった。そりゃ子育てにも影響でて当然だよな。
子どもにしわ寄せが来ることは絶対なったらいけないよなって私は思うけど、それは私が環境に恵まれているから実行しつづけられている。
でも初めて、母が味わっていた苦しみを垣間見た気がして、母を赦した。
かあさん、そりゃしんどかったよねって。
私が息子を産まなかったら、母の気持ちは誰にも伝わらないまま、風化していっただろう。
でも、かあさん、私には、その苦しみ、わかったよ。つらかったね。赦すよ。
娘には同じようにならないで生きてほしいって願いを、どこかで最期までかすかにでも、持ってくれていただろうと思いたい。
だから、かあさん、伝わったよ。
あなたは本当に苦しかったのを、私だけは感じた、ほんの少しであっても。
だからお互い楽に、自由になろうね。
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