『メイプルソープ:その写真を見る』のレイティングを「区分適用外」とした映倫を憲法違反で提訴しました。
写真家メイプルソープのドキュメンタリー映画についての訴訟の提起について
浅井隆(アップリンク代表)
アップリンクは、映倫に対して『メイプルソープ:その写真を見る』(フェントン・ベイリー、ランディ・バーバト監督)の審査を 2017 年 1 月 25 日に依頼しましたが、2017 年 3 月 30 日に「区分適応外」と映倫が判断した作品です。
アップリンクは、その後、再審査請求(2017 年 10 月 12 日)、再々審査請求(2022 年 2 月 1 日)を映倫にお願いしましたが、判断に変更はないという返事をいただきました。
本作品は、2008 年に最高裁判所で出版の自由が認められた『メイプルソープ写真集』(アップリンク発行)の写真が紹介されているドキュメンタリー作品です。
映倫は、写真集に収録されて最高裁が「風俗を害すべき書籍、図画には該当しない」と認めた作品以外で類似した男性ヌードの写真 15 点について修正が施されない限り「区分適応外」とするという判断でした。
映倫に対して再々審査のお願いの際に以下のように記しました。
「『区分適用外』という映倫マークのつかない作品となると商業映画館での上映が実質むつかしく、弊社は著しく経済的損失を被っています」
この件を補足説明すると、映画館による興行組合の規則では、映倫審査を経ていない作品を上映してはならないと決まっています。
また、こうも記しました。
「2017 年 3 月 14 日~ 4 月 9 日に、銀座のシャネル・ネクサス・ホールにおいて
『Memento Mori ロバート・メイプルソープ写真展 ピーター・マリーノ・コレクション』が開催され、その展覧会は、京都巡回展として 2017 年 4 月 15 日~ 5 月 14 日に『kyotographie 京都国際写真祭』の一環で展示公開されました。
展覧会では、先ほどの最高裁判所が猥褻ではないという判断を下した以外の男性ヌード写真が多く展示されていました。2017 年から 5 年経ち、社会における猥褻と芸術の概念も変化はあると思われます。
最高裁判所が認めたメイプルソープ写真の表現の自由という点において、無修正での「R-18」でのレイティングをお願いします。
要約します。
映倫は「R-18」のレイティングにするには男性ヌードにボカシを入れろと言っています。アップリンクとしては、最高裁で表現の自由を勝ち取った写真作品及び類似作品にボカシをいれずに「R-18」のレイティングで上映をさせてほしいと主張しました。
しかし、再々審査の要求は却下されました。
アップリンクの立場としては、映倫審査に反対しているわけではなく、映画は観るまでに内容がわからない表現形態であるのでガイドラインとしてのレイティングをつけることには賛成という立場です。
アップリンクにおいて、表現の自由の闘いは 1987 年の会社設立当初に遡ります。
私は、1987 年にアップリンクを設立し、映画の輸入、配給業務を開始しました。第二回東京国際映画祭(87)で上映されたデレク・ジャーマン監督作品『ラスト・オブ・イングランド』は映画祭では無修正で上映されましたが、アップリンクで配給するために再度輸入手続きをする際には男性器が写っているシーンは関税定率法 21 条により輸入禁止処分を受け、やむを得ず該当箇所にいわゆるボカシを入れて輸入し、上映しました。その後も、映画の内容には関係なく、性器が見えるということだけで輸入禁止の処分を受け、ボカシの作業を自主規制で行い、輸入する映画作品がたびたびありました。
1992 年にある男性の方がホイットニー美術館で催されたメイプルソープ展のカタログをDHL で輸入しようした際、関税定率 21 条により輸入禁止処分を受け、行政訴訟を起こしたことを知りました。
メイプルソープの写真でさえ輸入禁止になるという日本の文化状況、それならメイプルソープの写真集を日本で出版しようと思いました。輸入がだめなら和書としてきちんと出版しようと言うことです。
まず、アメリカのランダムハウスから日本販売の権利を取得し 1994 年 11 月にアップリンクより国内での販売を始めました。そして国内での販売を 5 年間行い、警察の取締まりを受けることなく販売をしたという実績を作りました。
そして 1999 年 10 月にアメリカに商用で見本品として一旦持ち出し国内に持ち込んだ際、税関にこの写真を没収されました。関税定率法 21 条により輸入禁止の処分にするという通知が後日きました。
このことは想定済みのことで、猥褻事件で被告にならず、私自身が原告になり国を訴えるにはどうすればよいかということを、ホイットニー美術館のカタログで輸入禁制品として輸入禁止となって裁判を起こしたケースで知りました。和書の発行においても、一旦国外に持ち出し、輸入禁止の処分となれば行政訴訟を起こすことができると考えたのでした。その際に、裁判を有利に運ぶためには、まず国内での販売実績を積み、国内の風俗を乱していないという事実をまず築く必要があるため 5 年間発行を続けました。朝日新聞の朝刊の下の書籍広告、サンヤツの広告も出稿し、世間に広く告知を行いました。ホイットニー美術館のカタログは最高裁で輸入禁止と処分を受け、アップリンクのメイプルソープ写真集は問題なく国内で販売を行っていました。
その矛盾を国に問いただしたいという思いがあり、裁判を起こしました。
2000 年にはギャガ配給の大島渚監督『愛のコリーダ』の宣伝を協力する機会を得ました。1976 年製作の映画が、2000 年の時点でも多くのボカシをしての上映を余儀なくされ、映画監督の意図した映像を日本の観客に観てもらうことができないのは非常に残念で憤りを覚えました。
2008 年 2 月 19 日最高裁判所において、アップリンク発行のメイプルソープ写真を私が国内に持ち込もうとして国が輸入禁止をした処分の取り消しを求めた行政訴訟に勝訴しました。
何が決め手になったかはわかりませんが、アップリンクで出版した『メイプルソープ写真集』は国会図書館に納品し所蔵され、誰でもが閲覧することができる状態にありました。その写真集を輸入禁止にするという処分が取り消された判断は真っ当な判断と思いました。
今回、メイプルソープのドキュメンタリーで映倫を民事で提訴したのは、映倫という民間の団体が、最高裁で表現の自由を認められた写真と類似した作品を修正せよというのはおかしいと思ったからです。
消滅時効の関係で訴えるのは、映画倫理機構と映画倫理委員会の委員長濱田純一氏(東京大学名誉教授)のみですが、当時修正しなければ「審査適応外」とした委員は表現者としての文筆業をされている吉永みち子氏(副委員長)、社会構想大学院大学学長の吉國浩二氏(委員)、ショートショート フィルム フェスティバル&アジア代表の別所哲也氏(委員)、弁護士の緑川由香氏(委員)でした。
委員の方々は、最高裁の判例をどのように捉えて、当時「審査適応外」としたのか疑問に思います。個々の意見は違い、多数決で決まった結論なのか報告を得ていませんのでわかりませんが。
最後にもう一度、私の憤りを整理して述べます。
自分自身は映画からボカシを無くしたいという一念で 10 年に渡る裁判でメイプルソープの写真の表現としての自由を最高裁で勝ち取りました。
その裁判の結果を受けて展覧会などの表現の自由の枠が広がったと思います。
国が最高裁でも認めたにも関わらず、民間の団体である映倫がいまだに映画にボカシを入れなければ審査をしないという判断は表現の自由に関して大きく退行した判断に強く憤ります。
映倫に対しては、ボカシなしの無修正での「R-18」のレイティングを要求、そして「審査適応外」という映倫の判断により、本作品の商業映画館での上映ができないことに被った被害の賠償を請求したく思います。
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