世界一に輝いた短編ドキュメンタリー作品「たゆたい」 制作の裏側
「スマホで短編ドキュメンタリー撮るのどうかな?」
この会話から半年、この作品は世界一に輝いた。
最高の作品は人の出会いから生まれる
私は、映像カメラマンとして活動している。
NYに住む映像監督の齋藤汐里とユニットを組んで2年半が経つ。
ある日、
「スマホで美紗ちゃんの短編ドキュメンタリー撮るのどうかな?」
そう話が上がったのは今年(2023年)のお正月。
ここから半年、私たちは大きなステージに登ることになる。
美紗さんとの出会いも実は2年半前。
日本中で話題になった音声SNS「Clubhouse」だった。
監督の齋藤は、コロナで休演中だったシルク・ドュ・ソレイユのショーが再開するときに、NHKの取材企画を取り付け、美紗さんの再演の様子を取材していた。それからはお友達として私も含め仲良くさせてもらっていた。
2021年の冬、彼女はパフォーマーとして活躍真っ盛りの中、全てを手放し日本へ帰国。次の道が決まっていたわけではなく、それを探す日々。
そんな人生の曖昧さに美しさを見出し、今この瞬間だからこそ映像に残したいと監督は思ったらしい。
多くの場合テレビや雑誌で取り上げられる瞬間は、何か功績を残したとき。その瞬間が一番輝いて見えるし視聴者にとってもわかりやすい。
しかし、その瞬間だけを切り取られて見ることで「この人は特別なんだ。自分とは違うんだ」とどこか一線引いて見てしまうことはないだろうか?
だが本来は同じ人間であり、気持ちが浮き沈みしたり上手くいかないことだってたくさんある。特別な人だから華々しい功績が残せたわけではなく、そこに辿り着くまでに想像もつかない努力を乗り越えてきたからこそ得られるものがあることを忘れてはいけない。
監督は、今まで華々しい功績を幾つも残してきた美紗さんがその全てを手放し、もがいている姿は「今しか残せない」そう強く思いこの瞬間を作品にしたいと決めた。
アイデアから1ヶ月で創る短編ドキュメンタリー
この作品は、Short Shorts Film Festival & Asia 2023 スマートフォン 映画作品部門(以下、SSFF&ASIA)に応募することになった。
実はSSFF&ASIAに作品を出そう、と決めたことがはじまりだった。
監督の齋藤は、商業的な映像作品だけではなくアーティスティックな作品制作(自主制作)も率先して行うクリエイターで、今までにも数々の映像作品を制作し日本国内の映画祭で受賞を重ねてきた。そして今年はアジア最大級の国際短編映画祭SSFF&ASIAに作品を出そうという話になった。
さまざまな部門がある中で今回選んだのは全編スマートフォンで撮影するという条件のスマートフォン映画作品部門だ。
スマホで撮るからには、普段私たちが使っているシネマカメラでは撮れないものを撮りたい。そこで思いついたのが「水中撮影」。
そう、ここから水中パフォーマーの美紗さんにつながるのだ。
撮りたいものが決まってからは早かった。
まずは美紗さんにオファー。二つ返事でOKがもらえた。出役が決まれば、あとはコーディネートをどうするか?
ここで問題だったのが、この話が出たのが2023年のお正月。
映画の応募締め切りが1月31日。締め切りまで1ヶ月なかった。
本来であれば、この時期には編集を終えて細かい調整を締め切りまでにどこまで仕上げられるかと缶詰になって作業している時期だろう。そんな時期にまだ撮影も終えていないというスケジュールだった。
インタビューシーンはどこでも撮ることができるが、問題は水中シーン。
沖縄の海に行くか?いや、他のスケジュールの都合で沖縄まで行く時間がない。
なら、近場の海で?それも味気ない。
プールで撮るか?水中パフォーマンスができるプールを借りるのはかなりお金がかかる。
さてどうしたものか・・・。
悩んでいる時間もなかったのだが、ここで奇跡的な話があがってきた。ちょうど美紗さんが別の映画作品の撮影で水中撮影の予定があるとのことだった。しかも1月中旬。ギリギリ間に合う!
先方の映画監督に美紗さんの密着取材中であるという旨を伝え、邪魔にならない範囲で水中撮影をさせてもらえないか交渉。これまたすぐにOKのお返事をいただくことができ美紗さんのドキュメンタリー作品の制作が始まった。
水中から見る美紗さんの美しすぎるパフォーマンス
撮影は3日間で行った。短編映画の撮影日数と考えるとかなり短いことに驚く。
1日目→水中撮影のリハーサル(国士舘大学)
2日目→インタビュー撮影①
水中撮影本番(OKマリンプロ)
3日目→インタビュー撮影②
1日目の水中撮影では、国士舘大学のプールを借りて、別の映画作品のチームがリハーサルを行うところに同行させてもらった。
国士舘大学は、プールの深さが調整できる仕組みになっており、地下に行くと水族館のようにプールの横から水の中が見られるような構造になっている。
これもラッキーだった。水の中の様子を陸から撮ることができたため、安定して水中の様子を収めることができた。呼吸の心配もいらない(笑)
2日目はダイビングスクールのプールを借りての撮影。
ここでは別の映画撮影が行われていたのでライティングやカメラ機材などもガチガチにセッティングされており、最高の環境の中で撮影をさせてもらうことができた。
ここでは水深5mのプールに潜って撮影をおこなったため、私もダイビング機材を背負っての撮影。ダイビングを趣味としている私は、海の中で魚の撮影をすることはあっても、水の中でパフォーマンスしている人を撮るのははじめて。趣味であったダイビングのライセンスが本業で生きる機会が来るとは思いもしなかった。
映画撮影の合間を見計らって水中シーンの撮影を進める。5時間ほどで撮影は終了。水と光の幻想的な世界の中でパフォーマンスする美紗さんの姿はあまりにも美しすぎて、水中撮影をしながらも一体自分は何を見ているのだろう?と不思議な気持ちになった。この瞬間を撮影できたことが何よりも嬉しい。
全ての撮影を終えたのが1月24日。残り1週間で監督は編集を行い1月31日の締切ギリギリで無事応募完了。
アーティスティックスイマー・杉山美紗さんを主人公に、人生の中に存在する”曖昧” - 希望と不安、そして強さと弱さの共存を描いた作品が完成。
タイトルは「たゆたい」。
日本人唯一のノミネートから世界一へ
作品を制作したのが1月下旬。あっという間にノミネート作品の選考結果が発表された。4月下旬、世界53カ国363作品の中から選出された16作品の一つに「たゆたい」が選ばれる。さらに嬉しかったのは部門内では日本人として唯一のノミネートであり、この時点で日本一になったのだ。
そして記念すべき6月23日、明治神宮会館にて「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2023 アワードセレモニー」が開催。ここで優秀賞、つまり世界一が決まる。
優秀賞に選ばれることを願って、監督の齋藤汐里、主役の杉山美紗さん、そしてカメラマンの私の3人で列席。美紗さんは他の予定があったにも関わらず、調整してこのセレモニーに足を運んでくれた。
初めてのレッドカーペット、会場の凛とした空気感に少し緊張しつつも、3人でいたことでキャッキャと会場の雰囲気を楽しめたのは良い思い出だ。
そして16時30分、映画祭の代表である別所哲也さん、ナビゲーターのLiLiCoさんを迎えセレモニーが始まる。セレモニーの様子はLIVE配信されたので、ぜひ見ていただきたい。
2023年の集大成となるアワードセレモニーでは、映画祭では最多となる計5作品が推薦可能となった、翌年の米国アカデミー賞につながるライブアクション部門、ノンフィクション部門、アニメーション部門に加え、私たちが応募したスマートフォン映画作品部門 supported by Sony’s Xperiaの優秀賞の発表と授与が行われた。
各部門の発表が進み、いよいよスマートフォン部門。
祈りながら発表の瞬間を迎えると、ステージのスクリーンに「たゆたい」の文字。優秀賞に選ばれた!世界一だ!
嬉しくて声を上げてしまうほどで、この喜びの瞬間は今でも鮮明に覚えている。
監督がステージに上がり、トロフィーの授与。そして受賞コメント。喜びと緊張が客席に伝わってきた。一緒にやってきた仲間が、こうして映像監督として世界一に選ばれる瞬間を共有できたこと、そしてその喜ぶ姿を見れたことが何よりも嬉しかった。(あとから聞いた話だが、美紗さんも同じ気持ちだったらしい)
クライアントワークはお客様に納品することで報酬がもらえる。わかりやすく認めてもらえる。しかし、自主制作というのは何のためにやるのだろうか?と目的を見失うことがある活動ではないかと思う。だからこそ、こうして評価してもらえること、世界一に輝けたことで自分たちのやっていることは間違っていなかったのだと安心できるし、これからも作品を作り続けようと思うことができる。そして、これからクリエイティブの道に進みたい若きクリエイターたちのロールモデルとして勇気を与えることもできると思う。さらに今回は全編スマートフォンで撮影しているため、誰でも映画作品を作ることができるのだと証明できたのではないだろうか。これからのクリエイティブ業界において大きな一歩だと感じた。
受賞から1ヶ月経った今、こうして俯瞰視して記事を書いているわけだが、実際に受賞後は嬉しくてたまらなかったし、今時の若い子達のように写真を撮りまくってアフターパーティーを楽しんだ。私たち嬉しそうだな。
優秀賞を受賞した作品「たゆたい」の公開は現在は終わってしまっているが、事務局からの一般公開の解禁がおり次第、改めてこちらでも紹介する。
世界一という肩書きを得た今
私たちは「映像で、世界に通用するブランドに」というコンセプトを掲げて活動している。今回の「世界一」という栄誉ある評価を現在のクライアントさんたちに報告をすると、皆自分のことのように喜んでくれた。「世界一の映像制作チームに今うちの映像を撮ってもらってるんだ!と自慢するよ」と口を揃えて言ってくれたのが嬉しかった。
クリエティブという正解の形がない世界の中で、お客様に喜んでもらえる一つの形が「世界一」という肩書きなのかもしれないと最近思う。
これは、自分たちにとって嬉しいことであるが今後の活動においては少しプレッシャーもある。次のステージはどこなのだろう?今の私たちにはまだ見えていない。
今回制作した作品「たゆたい」のように人生の中に存在する”曖昧” - 希望と不安の間(あわい)に今まさに立っているのかもしれない。