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瑞穂市の史跡/ほづみ夜市
11月最終日の30日岐阜県瑞穂市での初出演となる、JR穂積駅前エキサイトサードプレイスにてのほづみ夜市に午後6時10分より出演させて頂きました。
当日は吐く息も白くなる寒さでしたが、事務所も控室の温かいプレハブでびっくり! そして大型モニターに大ステージ/トラックステージびっくりの連続でした。
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瑞穂市は19世紀に誕生した富有柿の名産地として知られ、原木も現存しています(残念ながら未訪)。
様々なグルメ屋台、キッチンカーも登場し、素敵なイルミも!! 実行委員会の皆様のご尽力に心から感動致しました!
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副理事長の三島さまから「多気郡にも縁が深い倭姫命ゆかりの史跡があるんです」とご教示頂きました、瑞穂市には倭姫命(垂仁天皇の皇女でヤマトタケルの叔母)が天照大神を4年間お祀りした伊久良河宮(いくらがわのみや)跡があります。こちら他の史跡を巡って残念ながら時間切れで…近いうちに再訪したいところです。三島さまは岐阜県指定文化財十一面観音菩薩(別府観音)をお祀りする別府観音堂のお世話もいただいております。こちらも是非ご開帳日にお詣りしたいです。
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倭姫命は二代目の斎王とされることもあり明和町には数多くの史跡がございますが、多気町でも内宮末社にあたる牟弥乃神社(御船神社に同座)は川の守り神として倭姫命が定めたとされています。鎮座する土羽(とば)の地名は倭姫の船が止まったことに由来するそうです。
瑞穂市と明和町、遠く離れていても倭姫命の伝説を通じ、繋がった事に深く感動致しました。
瑞穂市の史跡
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ここからは瑞穂市の史跡についてご紹介いたします。
おそらく最も有名なのは「小簾紅園(おずこうえん)」でしょう。昭和4年造られた公園で、皇女和宮が呂久川(現・揖斐川)を御座船でお渡りになる時、色麗しく紅葉している楓を一枝舷に立てさせられ、玉簾の中からご覧になり和歌を詠まれた事を記念しています。現在紅葉が美しく見ごろでした。
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そして史跡が密集するのが中山道55番目の宿場であった美江寺宿一帯です。こちらはその名でも分かる通り、斎藤道三により岐阜市に移された天平仏の観音さまをお祀りする美江寺さんがかつてあった地で(現在でも観音堂があります)、往時の佇まいはないもののL字型の街道に名残があります。
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市立中小学校内に残るのが美江寺城跡。こちらは文明年間(1469-86)に築かれ、天文11年(1542)焼失しています。
地区内には美江寺一里塚跡や南禅寺大明国師に師事した自然居士の墓、美濃派の俳人山本友左坊の墓所(発見できませんでした)が残る瑞光寺さんなどがあります。
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熊野神社内にある十七条城跡は春日局の夫である稲葉正成が林正成として生まれた城の跡で、南北朝初頭に築かれ、延宝3年(1675)廃城となっています。境内のモチの木も市指定天然記念物です。
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またこのエリアには水害との戦いに関連する史跡も多いですが、興禅寺に残る川崎平右衛門供養塔はは美濃群代配下の本田代官で当地の治水事業に尽力し住民や農作物を水害から救った川崎平右衛門(定孝・1694-1767)愛用の太刀を埋めたものと伝わっています。
そのほか武藤家の水屋も市指定文化財となっています。
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12月13日改めてコンサートの道中で訪問致しましたら伊久良河宮跡地の天神神社に隣接し、瑞穂市名産の富有柿母木も見る事が出来ました。明治25年当地居倉の福嶌才治氏が命名したとされ写真左には顕彰碑が建てられております。
大垣市・岐阜市の間に所在し、名古屋・岐阜へのベッドタウンとして人口が増えている瑞穂市。富有柿に魅力的な史跡も一杯です! 是非一度ご訪問ください!!
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