見出し画像

【写真】佐藤健寿さんが撮った謎多き廃墟「ピラミデン」 北極圏に眠る社会主義国家に迫る

 写真集『奇界遺産』『世界』やTV番組「クレイジージャーニー」で知られる写真家・佐藤健寿さん。これまで世界120カ国以上をめぐり、「人間の<余計なもの>を作り出す想像力や好奇心が生み出したもの」をはじめ、さまざまな奇妙な光景や文化を撮影してきました。北極圏に眠る廃墟をとらえた貴重な写真集『PYRAMIDEN(ピラミデン)』について、佐藤さんに話を聞きました。

■冷凍保存された20世紀の“ピラミッド”の正体とは

――今回撮影したピラミデンとはどのような場所なのでしょう。佐藤さんが興味をもった理由を教えてください。

 ピラミデンはノルウェー領のスヴァールバル諸島の中心部にあって、北緯でいうと78度、北極点までは1000kmほどです。もとはスウェーデンの探検家が石炭を発見して、山の形になぞらえてピラミデンと名付けました。その後、スウェーデンからロシアが買収し、第二次大戦以降から炭鉱都市として栄えていました。それが1991年のソビエト連邦崩壊後、徐々に人々が姿を消してゴーストタウンとなりました。

 ピラミデンという名前そのものもそうですが、北極、社会主義と面白いキーワードが並ぶ場所なので、いつか必ず訪れたいと思っていました。ただ北極圏にあるため、極夜だったり、雪が多すぎたりするとアクセスができない。だからずっと行けるタイミングをはかっていて、コロナが収まってきた2022年にやっと行くことができたんです。どうしてこういう場所が生まれたのか、複雑な歴史や時代背景も非常に面白いんですが、ここで説明しきれないので詳しくは年表と解説にまとめたので写真集の方でご覧いただければと思います。写真集ながら、ロシア語の資料もあたって歴史を調べたので、多分ここまでピラミデンについてまとまっているものは、少なくとも日本語では初めてだと思います(笑)

©KENJI SATO

――これまで多くの廃墟を撮影してきた佐藤さんですが、ピラミデンの特徴はどのようなものだったのでしょう。

 今まで行った中ですごい廃墟というと、軍艦島やチョルノービリに隣接したプリピャチがありますが、こうした世界的に有名な廃墟に全く引けを取らない壮大なスケールの場所でした。ただ特異なのは、それらの場所と違って建物や街がほとんど劣化していないことです。

 普通、多くの廃墟は廃棄されたあとで誰かが入ってイタズラしたり、自然に侵食されていくんですが、ピラミデンに関していえばそういうことがほぼ起こっていない。まず場所柄、特殊な移動手段を使わないと普通にはいけない場所ですし、北極なので当然近くに街もない。またそもそも植物もほとんど生えていないような場所なので、植物に侵食されることもないんですね。だから比喩ではなく、本当に「冷凍保存された街」という表現がしっくりくるくらい、廃棄されたままの姿で眠っているような、不思議な光景でしたね。

©KENJI SATO

――街の中の様子はどんな感じだったんでしょうか。

 旧ソ連の世界がそのまま残っていました。表紙にも使っているレーニン像に象徴されますが、合理化された住宅設計と無駄のない計画都市で、街全体がひとつのシステムのような感じです。そもそも人がいたとしても、どこか架空都市っぽい場所なのに、それが廃墟となっているので、まるでかつて映画撮影で作られたセットの街のような虚構感というか。

 面白かったのは、冷戦時代、ソ連本土では西側諸国の映画や音楽といった娯楽はほとんど禁止されていたのにも関わらず、ピラミデンでは割と寛容だったそうです。だからマンションの部屋などに入ると、大っぴらにビートルズとかシュワルツェネガーのポスターが貼ってあったりして。それは当時のソ連の典型的な暮らしとはだいぶ違っていた。現地でガイドに聞いた話では、そうした音楽とか映画はピラミデンを訪れる西側諸国の人々から入手していたものだそうです。

 一方で、ソ連当局としては、ピラミデンはそもそも冷戦時代にあって、西側諸国の領土にあるソ連にとっては例外的な「飛び地」だった。ある意味では冷戦の最前線でもあったわけで、ソ連にとってみれば西側諸国に社会主義都市の完成度を見せつけるためのショールームでもあったそうです。だからある程度は文化的にも自由さを許容することで、西側に全く遅れていないことを見せつける必要もあったのかもしれません。写真集の中では内部の写真も多数掲載しているので、そのあたりのディティールも見ていただけると面白いのではないかと思います。

©KENJI SATO

■世界の“特異点”にフォーカスする旅

――ピラミデンはどのように訪れるのでしょうか。

 日本はスヴァールバル条約の原加盟国なので、島自体はビザなしで訪れることができます。ただ当然直行便はないので、まず日本からオスロ(ノルウェーの首都)へ行って、そこからスヴァールバル諸島の中心にあるロングイエールビエンに飛びます。そこから大体船で3時間ほどでピラミデンに着きます。ルートそのものは特に難しいことはないんですが、誰でもアポ無しで行ける場所では当然ないので、バレンツブルグにいるロシア人ガイドなどを雇っていくしかないですね。

 ただし、自分が訪れたのは2020年の8月なんですが、その2カ月後に、ノルウェーが主導するスヴァールバルの観光局がウクライナ戦争に対する人道的処置を理由に、ロシアとの提携を打ち切りました。だから現在は多分アクセスがさらに難しくなっていると思います。

©KENJI SATO

――そういう意味でも貴重な撮影となったわけですね。撮影で特に記憶に残っていることはありますか。

 一番驚いたのは、白熊が出没したことですかね。スヴァールバル諸島自体、人間より白熊の方が多いと言われているくらいで、人間のいる場所にもよく迷い込むので、例えばロングイエールビエンでも街から一定以上離れる場合は猟銃の所持が義務付けられています。ピラミデンでも白熊がでるかもということだったので、ガイドはずっと猟銃を持っていたんです。それで撮影途中で本当に白熊が3頭現れて。結局街の中心部までは入ってこなかったんですが、すぐに建物の中に避難させられて、その時は異様な緊迫感がありましたね。

 あとはピラミデンには3日間滞在したんですが、ちょうど白夜の終わりだったので、午前1時頃まで日が沈まない。それでまた朝5時くらいには日が昇るので、撮影しようと思ったら深夜12時頃まで全然できてしまうんです。だから明るい室内で撮影していてふと時計を見たら午後11:30だったりして、時間の感覚が狂いました。インターネットはもちろん使えませんし、携帯電話のローミングも含めて電波も入らないので、外部からも一切遮断されていて。もともと地理的にも世界の果てのような場所にあって、しかもタイムトラベルしたかのような不思議な景色で、さらに時間感覚もおかしいので、ずっと夢の中にいるような奇妙な撮影体験でしたね。

佐藤健寿『PYRAMIDEN(ピラミデン)』

――今回の写真集の特にこだわった部分を教えてください。

 造本という部分では、今回デザインは大島依提亜さんにお願いしています。大島さんといえば映画のポスターデザインなどでとても有名ですが、自分も映画が好きなので、大島さんとはいつかお仕事をしてみたいと思っていました。それでピラミデンの情景がどこか映画っぽい気もしたので、依頼させていただきましたが、おかげさまで本当にかっこいい本にしていただいたと思います。

 本全体もぱっと見はとてもシンプルなんですが、ところどころにマニアックな意匠を凝らしています。印刷は多くの写真集を手がける京都のサンエムカラーさんにお願いして、普通の印刷ではあまり使われないちょっと凝った工夫もしています。廃墟というとやはり陰影がポイントになるんですが、北極の廃墟という独特な場所の冷たさとか暗さだったり、空気感の再現含めて、全体にとても良いトーンで出ていると思います。

佐藤健寿さんによる写真集『PYRAMIDEN』

――最後に本書は「Lens of Wonder」シリーズと冠されています。このシリーズについて教えてください。

 まだ具体的なシリーズのテーマを考えているわけではないんですが、とりあえずは世界の「特異点」といいますか、今回のピラミデンのように絵力だったり、歴史的に興味深い場所に、ワンテーマ一冊でフォーカスした写真集のシリーズとして出せていければ良いなと思っています。続刊としてすでにバヌアツのカーゴカルト編も刊行を予定していますが、そのあとどうなるかは、まだ全然未定です。

佐藤健寿
写真家。世界の民俗から宇宙開発まで、世界120カ国以上を巡って幅広いテーマで撮影。代表作『奇界遺産』『世界』ほか多数。写真展「佐藤健寿展 奇界/世界」(山口県立美術館他)、「世界 MICROCOSM」(ライカギャラリー東京他)ほか各地で開催。
instagram@x51