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中高年になると増える親へのイライラや恨み…原因は「疲労」? 正しいケアの方法を自衛隊メンタル教官に聞く

「“親が毒親だった”と、中高年となってから苦しさを訴える人は多いです」と、元自衛隊メンタル教官で心理カウンセラーの下園壮太さんは語る。特に女性が、母親に対する恨みを訴えるケースが増えるという。それはなぜか? 下園さんの著書、『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(2022年4月刊、朝日新書)でも紹介した、中高年になると親へのイライラが増える理由を聞いた。
(タイトル画像:fcscafeine / iStock / Getty Images Plus)

下園壮太著『自衛隊メンタル教官が教える イライラ・怒りをとる技術』(朝日新書)

■中高年特有の「疲労」が与える影響

「親に対してのイライラが止められない」「私の親は毒親だったんです」と、カウンセリングの場で訴えるクライアントさんは珍しくありません。

 というより、かなり多いという印象です。

 若いころはそれほど気にしていなかったのに、中高年になってから、自分の親に対する「恨み」に気づいて、それがどんどん湧き出してきて止められなくなってしまう。こうした方々は、いら立つ自分、根に持ってしまう自分のこともひそかに責めているので、一層つらさを抱えていらっしゃいます。

 親へのイライラや怒りは、「疲労」の影響が一番大きいです。

 誰でも加齢とともに体力が低下していくもの。しかし一方で、中高年は仕事における責任、社会における役割は大きくなり、どうしてもエネルギーが不足した状態に陥りがちです。また女性の場合は、妊娠出産という大きなライフイベントを経て、さらに子育てや仕事との両立が続くこともあります。

【図表】ライフイベントのストレス

 中高年は社会的、肉体的な疲労が重なり、そのせいで漠然としたイライラが始まる時期でもあるのです。

 このような局面で「なんだかこれまでとは違う」と不安になり、「最近イライラしている自分」についてあれこれ原因を考えているうちに、中には、心の棚にしまってあった親への記憶に行き着く人が出てきます。

 心の棚のうち、親に関するコーナーには、誰でも、割と多くの記憶が保存されているもの。探れば探るほど、いろいろなエピソードが出てくるでしょう。

 親からのしつけは、子どもにとっては苦痛であることが多いです。

 親から怒られたことが「攻撃された」という記憶になっていたり、「つらい時にわかってくれなかった」「守ってくれなかった」というネガティブな思い出として刻まれていたりします。

 そして、このようなつらい記憶に行き当たった結果、「今自分が調子が悪いのは、あの時の親のせいだ」「親が毒親だったから」と考えるようになります。

■イヤな記憶ほど思い出してしまうメカニズム

 ここで、私たちにとって「記憶」とは何か、を考えてみましょう。

「もし私たちが原始人だったら」を考えてみてください。

 文字がなかった時代です。自分の生存を脅かす危険な相手に出会ったら、その情報はしっかり覚えて、仲間に伝えていく必要がありました。そのため、悪い情報ほどより大切で、忘れないようにイメージを拡大して刻んでおくようになったのです。

 現代の私たちでも、ネガティブな思い出ほどよく記憶され、また鮮やかに思い出してしまうのは、このメカニズムによるものです。

 また私たちはエネルギーが弱った時ほど、過去のつらい記憶にアクセスしやすくもなります。これは過去の危険を思い出すことで、今の自分を守る意味があります。

 私は、記憶のことを「防衛記憶」とも呼んでいます。記憶とは自分や仲間を守ろうとする本能のシステムだからです。

■記憶が「恨み」として育っていく

「防衛記憶」は思い返すたびに、加工されていきます。

 何かをきっかけに、たまたま思い出した、昔のイヤな記憶があるとしましょう。

 思い出した直後は、本人は生々しく、つらい体感を伴っています。

 もし感情や体感が落ち着いた時を狙って、出来事を再検討できれば、ネガティブな記憶にも別の見方も生まれてきて、冷静になれるでしょう。

 ところが一人で考えていると、生々しいまま記憶の危険な部分だけを「見て」しまい、つらいので「忘れる」ことで対処しようとします。

 すると冷静な分析まで届きません。それどころか危険な部分だけが結局、何度も反復されていきます。弱っている本人を守ろうとするメカニズムが働くからです。

 記憶は反復されているうち、ネガティブな部分だけがどんどん加工され、拡大していきます。

 別の言い方をすると、「あいつは危険。あいつだけは決して忘れまい」という「恨み」に育っていくのです。

「防衛記憶」とは、「恨み」の記憶でもあります。

「親への恨みが湧き出して止まらない」と苦しむ中高年が多いと言いましたが、それはこのようなメカニズムが働くから生じることです。自分を守ろうとする「感情」の働きですので、「いい年してこんな風に親を恨む自分は情けない」と自分自身を責めないでください。極めて自然な反応なのに、自分を責めてしまえば、さらに苦しみが大きくなるだけです。

■記憶は風化させるしかない

 それでは、親への記憶(恨み)はどのようにケアをしていけば良いでしょうか。

「恨み」の記憶は、薄らぐことはあっても、消去することはまず難しいです。セラピーなどで「上書き」を試みる方法もありますが、大変な時間と手間がかかります。よほど運が良いか、腕の良いカウンセラーやセラピストのサポートがないと、なかなか達成されないでしょう。
 
 ネガティブな記憶はあれこれいじるよりも、自分の関心を他にそらしてしまうのが得策。具体的には親との距離を取る。親子以外の他の人間関係を充実させる。楽しい趣味に没頭する、などです。

 親関係のことでイライラ刺激が入ると、どうしても記憶の棚にアクセスしてしまいます。その頻度を下げることで、記憶に向かう回数も減らしていけるのです。
 
 と同時に、毎日の生活の中で、ご自身の疲労ケアに努めることも忘れないでください。

 中高年に限らず、現代人はもともと疲れています。また今はコロナ禍もあり、誰もが自分で認識しているよりも、ずっと疲労度合いは深いといえます。

 疲れる前に休養を設ける、質の良い睡眠をプラス一時間増やすなどして、心身のエネルギーを日々充電するように心掛けるようにしましょう。

 工夫しながら日々を過ごすことで、恨みの記憶は、やがて自然に風化していきます。焦らず、おだやかな心を取り戻していきましょう。

(取材・構成/向山奈央子)