『句集 広島』を知っていますか?
Have you ever heard of haiku anthology HIROSHIMA?
2024年9月14日に放送された、「夏井いつき “原爆俳句”を訪ねて」
上記番組内で紹介されていたのが『句集 広島』です。第二次世界大戦で原爆投下された広島をテーマに俳句が一般公募され、寄せられたおよそ一万一千句のうちの1521句が、昭和29年に冊子の形で世に出ました。番組放送を見た私は、俳人の夏井いつき先生が注目した作品を中心に15句を英訳しました。facebook、X(旧Twitter)などでシェアしたものをここにまとめておきたいと思います。一人でも多くの人に知っていただきたいと願っています。
『句集 広島』 より 新庄美奈子 15句
眼窩潰えし裸列なしうめき来る
Groaning and coming closer in line
With their eyes collapsed
Were naked A-bomb survivors
英語版の一、二行目はハロウィンのゾンビの仮装かと思われるかもしれない。でもこの句の季語「裸(naked)」の人々とは被爆者なのです。地獄絵図がこの世に実在していた。
剝かれたる髪のうぜんにひつかゝり
Some hairs of an escaper
were torn off and swinging
in a thicket of trumpet vine
この句は文字を英訳しようとすると難しい。景を思い描くことでようやくこの形になった。見返して、一行目のof an escaper は余計かもしれない。翻訳の過程でいろいろ目に浮かんだ。即死を免れ、逃げる人の髪が引っかかったのだろうが、防空頭巾を被る余裕はなかったか。あっても火の粉にやられて脱いだのか。もしかしたら頭皮ごとずるりとノウゼンカズラに引っかかったのかもしれない。動物のタンパク質が焼け焦げる匂いがした。
片陰に死を待つと言ひあえず死す
In cool leafy shade,
every body doesn't have enough time
to say 'I'm dying.'
この句は翻訳を終えてここに書いている最中に、「死を待つ」の意味がいろいろ広がってきた。そこに希望もあったか。翻訳は淡々と「死にゆく」と訳したが、HIROSHIMAという句集の題を見れば、「死んだ方がまし」という苦痛は伝わろう。死にゆく者たちがお互いに言葉を交わすことができなかったのは、残された時間が少なかっただけでなく、その交流を不可能にする物理的な苦痛があっただろう。
水乞ひてすがり死せし子の汗のごふ
A child died just after
crawling toward me to get some water
...I wipe his sweaty face
死者への精いっぱいの餞が、その汗を拭いてやることだった。水を乞いながらこと切れた子どもの汗一杯の顔をcleanse(浄化する)という動詞を使うかどうか迷ったが、やはりwipe(のごふ・拭う)にした。
死体蹴寄せれば蛆まろび落つ
Kick a body to the edge of the road
Maggots roll out of it
もとの句が2音字足らず。翻訳も二行句の形にした。淡々とした描写に恐ろしさがある。
洞暑くはだへ爛れし父に会ふ
Air raid shelter filled with heat and dampness,
I finally find out my father hideously burned
by Little Boy, the A-bomb
くちびるの血膿よけつつ瓜食ます
I bring a piece of melon
to my father's bloody pus lips,
trying to avoid the wound
こときれし父を抱きて明易し
I feel the last breath of my father
holding him in my arms
…Summer night flies
汗の手を握り死躰の腕切らんと
Clenching my sweaty fists
I must cut down wrists
Of my father’s body
Materials of Hiroshima A-bomb victims says;
There were too many victims to cremate bodies individually. Authorities allowed bereaved families to cut their loved ones’ wrists to cremate privately. The other parts of victims’ bodies were dumped by authorities all at once.
広島の原爆被害者資料によれば、あまりにも死体が多く、個別に火葬できないため、当局は遺族に遺体の手首を切らせ個々に火葬することとした。残った遺体は当局によって一斉に処分された。
片陰に抱き来し掌焼くべく跼む
Bending down in cool leafy shade,
The better place to cremate my father’s wrists
I brought in my chest
原爆に灼くる土嚙み霍乱す
Cloud of debris burned by A-bomb
enters my mouth and feels gritty
Heatstroke
改めて英訳が難しい一句。現実の景として、土を這いつくばって噛んでいるわけではなく、原爆で辺り一面灼けた土埃が口に入るのだろう。とすると「噛む」の一語もbiteとは言えない。が、悔しさ虚しさの迫力ならbiteがよいか。「灼く」は季語としてより動詞としての力が強いととらえて、霍乱(日射病の昔の言い方)の方を主季語とした。漢字「焼く」と比べて「灼く」の苛烈さに、原爆の威力と罪深さを感じる。
艇暑し敵機来ぬ間を死者捨てに
In the hot summer heat,
a barge streams down the river
to dump bodies while enemy planes are away
riverまでは舟遊びの風情だが、その後途端に剣呑になる。同作者「汗の手を握り死躰の腕切らんと」の句で、犠牲者の手首だけ遺族に切らせ、残りの部分は当局が火葬したと最初は英訳したが、とんだ事実誤認だったとわかった。当局は火葬などせず川下へ死体を捨てに行ったのだ。それが実際の処分であったとこの句で分かった。
洞暑し息絶えしかば片寄せる
Heat and humidity in the shelter
Soon after someone takes his last breath,
the other puts the body in a corner
息絶えたとたんに物体でしかなくなる、その非情さにもう涙すら流さずに淡々と機械的に生き延びた者が片づける。片づけようにも狭い防空壕のなかで、片寄せるのが精いっぱいなのだろう。
蝿の音こめ死臭こめ壕幾夜
How many nights in the shelter,
crammed with flies' buzzing
and smell of bodies
踏砕きしは人骨草茂る
All plants grow thick in summer
I happen to step on and crush something
...human bones
日本語の原句は整えようと思えば575で詠める。この作者の技量で敢えての「人骨」だろうと思うと、その瞬間の衝撃が伝わる。草が茂ったころ。原爆投下から一年ほど経っていようかというころ。戦後となり、人々が必死に生きる熱気が日本を覆っている一方で、足元にはまだ骨が転がっていること。誰かの遺体を痛めてしまった罪悪感。草の緑に白い骨。
All haiku from : Haiku Anthology HIROSHIMA
writer : Namiko Shinjo, A-bomb survivor
translator : Yoko Harima