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復職を模索⓶ー会社とのやり取り

体調はまだまだ不安がある。しかし、早く仕事に復帰したいという思いも真実だった。以前のような働き方はできなくても、戻る方法はあるのでは、と思っていた。

前回行ったさんぽセンターでは、さまざまな職種の人が難病を発症し、治療後や治療を継続しながら仕事に復帰する事例が載った冊子をくれた。治療や体調の状況に応じて働き方でこんな工夫をした、こんなことを警戒した、等々、具体的に紹介されているので参考にしやすい。

それらの事例も参考にしながら、「勤務情報提供書」を作り始めた。これは、自分の病気や治療がどんなものか、今後どのぐらいで回復が見込めるか、どんな仕事だったら可能なのか、をできるだけ具体的に記入して、勤務先に提出するものだ。主治医に書いてもらう欄もある。自分の希望、医師による客観的な意見を明記することで、会社としてもどんな対応を取ればよいのかわかりやすくなる。

私の仕事はやりがいがあって楽しいものの、外回りや出張も多く心身ともにかなりハードだ。いずれは戻りたいとは思うものの、今の私に以前のような働き方ができるとは思えない。そもそも、仕事の現場から離れていたのは、留学していた期間も含めもう2年半近くになる。仕事のペースに慣れ、身体も元気になるまでは、可能なら内勤の仕事に異動したいとの希望を書いた。

主治医にも、記入してもらう。主治医は、何を職場に対して求めたいか、どんな時に体調が悪くなりどのような対応をとったらいいか、など私の希望を細かくくみ取り、「適宜、休憩を取れる状況であることが必要」「最初は週2-3日の出勤や短時間勤務、可能なら在宅勤務が望ましい」などと、とても詳細に書いてくれた。

これを会社に持っていき説明すれば、会社も今の私の状況をわかってくれるだろう…と、期待した。

が、甘かった。

まず直属の上司に、「復帰したいのだが相談にのっていただけませんか」と連絡。すると上司からは「もうそろそろかなと思っていたよ」と返事が来て、まずは上司と会社の健康管理担当者とで面談することになった。

面談の日。1時間も電車で移動するなんて、久しぶりだ。恐る恐る、会社に着く。上司も健康管理担当者も、私の体調を心配してくれてとても優しい。勤務情報提供書はすでに提出していたが、改めて自分の体調や状況を説明する。

「体調に波はあるし、以前のような働き方は難しい。でも仕事に戻りたいし、今の状態でできる限りのことはしたいと思っています」

だが、返ってきた言葉は相変わらず「まず、うちの会社は在宅勤務は認めない。在宅勤務はできないし、1週間に5日出社、1日最低6時間働けるような状態であることが復帰の最低限の条件だ」

え?「可能なら在宅勤務が望ましい」という医師の言葉もあるのに?

さらに、「君は内勤への異動を希望していたが、いい職場が見つかったよ…管財部だ!」と笑顔で告げられた。

え?・・・管財部?とは?!

「えーと、たとえばビルのエアコンが壊れたとか電気が切れたとか、そういう時に対応する仕事だよ。あとはビルのテナントの管理とか」と、上司は淡々と説明する。

ちょっと待って?なぜ私がそこに?!

「その部署にいるのは年配の方が多く、割とゆったりしたペースで仕事ができる。その中にいれば、今の状態の君でも安心ではないかと思って。もちろんずっといる訳じゃないよ!元気になれば、また異動を考えている」

でも、私今まで全くそういった仕事はしたことがないんですが…

「大丈夫!すぐ覚えられるし、皆親切だから!」

上司はあくまでも明るく言う。

私は、というと呆然。確かに内勤を希望したが、今までの仕事と関連がある部署にいくものだとばかり思っていた。そういった部署も社内にはあるし。だが、上司の提案はまったくの予想外。

確かに私の勝手な思い込みもあった。だが、しかし、過去の経験とここまでかけ離れた職場を提案されるとは。

正直にいうと、ショックだった。職種に貴賤はない、そのことはよーくわかっている。管財部の仕事も、会社が回るうえでは必要不可欠だし、私もこれまで幾度となくお世話になってきた。どの部署も忙しくて人手不足。満足に仕事できないかもしれない私のような状態の者を受け入れるのは、どこだってためらうはずで、それでも受け入れると言ってくれるのはとてもありがたいことだ。

でも、これまで私がやってきた仕事は自分が望んだものであり、厳しくても必死で食らいついてきたものだ。一応、それなりに経験も実績もある。なのに「病気になった」、それだけで、今までとは全然異なる仕事をやる選択肢しかないんだろうか。病気になるって、それほどまでに選択肢がなくなるものなのか。

なんだか、病気(しかもいつ治るかわからない)になったら用はないよ、と言われているような気がした。病気になったって会社に貢献できると思ってきたけど、そうじゃないのだろうか。

側にいる健康管理担当者は、これまでも親身になって話を聞いてくれた人だ。でもその人も、何も言葉を発しない。

その日はとりあえず、「ちょっと考えさせてください」といって面談は終了した。

帰宅し、健康管理担当者にメールを書く。
「正直言って、あの提案はショックでした」

担当者からはすぐに返事が来た。
「君の気持はわかる。ただ、あの提案は最善だと思う。理由はあそこなら君のペースで仕事ができるだろうし、周囲の人間も年配者が多く穏やかだからだ」

上司が言っていたのと同じ理由だ。
でも私には、彼らの言う理由に対しても「そんな風にうまくはいかないだろう」という気持ちがあった。他の人間に対して「こう動いてくれるだろう」と思うのは、どこまでも単なる楽観的な願望でしかない。

でもでも、復帰したいならそこに行くしかないのか…

上司に「提案はショックでした。でも、復職したいのです。その異動を受け入れます」とメールした。

すると…

「えっ、ショックだったの?まだそうと決まった訳じゃないから、また考えよう」

上司からはこんな返事が。

え、一体どういうこと?

「とにかく復帰したいなら、産業医との面談が必要だから。●●日に設定したから、面談に来てね!」

んん?何が何だかもうわからない…

数週間後に設定された産業医との面談を待つ。

ただ、この間に私の体調はどんどん悪化していた。季節の変化によるものなのか、または復職を巡る会社とのやり取りがストレスになったのか笑
いずれにせよ、薬を飲んでいても関節が痛むし倦怠感もひどくなる。特に関節の痛みはどんどんひどくなり、立ち上がって外出するのも億劫なほど。薬の量を少し増やしたが、改善しない。

私の自宅から会社までは片道一時間ほどかかる。
「こんな状態じゃあ、週5日出社なんて無理じゃん…」

早く復帰したいのに、でもこんな状態じゃあ通えない、この体調の悪さは奈なんだろう。いろんな感情がぐるぐると頭の中を駆け巡る。

どうしようどうしよう。日にちは刻一刻と迫る。

そして、産業医との面談日。産業医、上司と机を囲む。
産業医も「週5日、1日6時間がうちの会社の最低ラインなんだよね。それ、できる??」と念を押される。

うー、なんか会社の規定を守れるかより、私の体調がどんなかを考えてほしいんだけど…

「正直に言うと、今の体調では難しいと思います。前回、上司と面談した時から体調が悪化しました」と、正直に伝えた。

「こんな風に体調に波もあるし、自分では全然予測できない。働きたいけど、できればもっと負担の軽い働き方から始めたい」と言った。いろんな思いが込み上げてきたが、自分の言いたいことは伝えなきゃ、となんとか言葉で吐き出した。

すると、産業医は「それじゃあ、もう少し休職して、また体力が出てきたら復帰したら?」

横にいる上司も「そうそう、焦ることないよ!」

…という訳で、結局復帰せずにまだ休職することになりました。

(この時点で手術から約5カ月)

確かに体調的には、無理に復職せずに十分休む時間をいただいたのは良かったと思います。

ただ、今後の働き方については、何も未来が見えなくて不安がつのるばかりでした。

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