手術する?しない?世紀の大決断
セカンドオピニオンを聞いて、「現時点ですぐに手術を受ける必要はないのでは」との気持ちが強まってきました。友人や家族も「それでいいんじゃない」と同意してくれます。
とはいえ、「放置したら危険な病気」と当初、医師に言われた言葉も気になります。どのぐらいのペース、レベルで進行するんだろう。猶予はどれぐらいあるんだろう。
手術をしないなら、当面は現在の症状である高血圧を抑える薬を服用し、数か月に一度は医師の診察を受けて定期的に体調チェックをする必要があります。一つしかない、自分の身体。大事に大事にして、できるだけ長い間、元気でいたい。手術も怖いけど、今の状態のままでどれだけ過ごすことができるんだろうか。。考え出すと、「この決断で本当にいいんだろうか?」と迷いが膨らみだします。
私、普段はあまり「迷う」ことがなくて、わりと即決即断タイプ。なので今回、いったんは自分で出した結論に迷っていること自体にもとても不安を感じました。それだけ、問題が大きすぎたってことなんでしょうか。
ええい!ならば再び、考えよう。今度は誰かに相談することもせず、ゆっくりじっくり一人で自分の心と体と向き合って、私自身がどうしたら納得できるのか心の声を聞いてみよう。
考える場所としてぽっと脳裏に浮かんだのは、自宅から1時間半ほど離れた大好きな海沿いの街でした。都会から程よく離れ、海と山に囲まれた静かな雰囲気の街です。中心部から離れれば観光客もほぼおらず、地元の方がのんびりと散歩しているだけです。日々に疲れたときや気分転換したいとき、この街にふらっと出かけて海を眺めながらただひたすら散歩するのがとても好きなのです。合間にはぽつぽつとおいしくて居心地の良いレストランや、地元住民御用達の食材店もあり、のどかな雰囲気の合間に食も買い物も楽しむことができます。
自分が心からリラックスできる環境に身を置き、大好きなものに囲まれて、五感を解放する中で自分が本当に望んでいることを見極めよう。
というわけでよく晴れたある日、ふらっと電車に乗って出かけました。まずは大好きなレストランでランチ。スタッフもとてもフレンドリーで、メニューで悩んでいたら「僕はこれが好きだけど、こっちもこんなおいしさがありますよ。迷いますよね~」とフレンドリーに説明してくれます。重大な決断を前に緊張し、そして孤独も感じていた私にとって、彼のつかず離れずの距離感や優しさがなんだかとても身に沁みました。
食後は、海岸沿いを散歩し、ゆっくりゆっくり思考を巡らせました。目の前では穏やかな波が打ち寄せる大海原が気持ちよく広がり、海から吹き上げてくる風が髪やコートのすそを舞い上げます。波の音以外には、海鳥の鳴き声が聞こえるだけ。自分がどうしたいのか、これからどんな風に生きていこうか。波打ち際で太陽で温められた足元の砂の柔らかさを踏みしめながら、ひたすら自分に問いかけました。
頭の中で考えるだけでなく、紙に手術する「メリット」「デメリット」や、「自分がしたいこと」「したくないこと」を書き出して、マトリックス図も作ってみました。視覚化すると、自分が本当に何を望んでいるか、確認しやすいですね。
歩き疲れたら砂浜に座って、ただ泣いていました。この当時はほんとに心も頭もパンパンで、泣いて自分自身を解放することがすごく必要だったんです。
なんでこんな病気になっちゃったんだろう、なぜ私なんだろう、この先どうなっちゃうんだろう、、、人にも言えず、ずっと胸の奥にあった悔しい思いがこみ上げてきて、周囲に誰もいなくて波と風の音が騒々しいのをいいことに思い切り声を上げて泣きました。
遠くでは、地元の子供たちが犬を連れて波打ち際で遊んでいました。無邪気に自然と戯れ、今目の前にある「日常」を楽しむ彼らの姿は、当時の私にとっては「平和」や「安定」の象徴に見えました。そんな彼らの様子を遠くから眺めているうちに、徐々に私の心も落ち着いてきました。
今は私も運命に翻弄されてるけど、きっとまたああやって「日常」を楽しめる瞬間が来るはずだ。そのために今、私が私自身のためにできる最大限のことをしていこう。
手術は今すぐにはしない。その代わり、今あるこの状態(体調)・時間を最大限、楽しめるような選択をしていこう。無理はしないで、今の状態の元気な身体だからこそできることをやろう。ただただ毎日を流されて、時間を消費するだけの生き方はもう止めよう。人生の残り時間が限られているなら、やりたいことを厳選し、一つ一つ実現して楽しみつくしていこう。
1日かけてひそかにそんな決心を固め、大好きな海の街を後にしました。