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第10話 期待値の鬼


「このあと、ご飯なに食べに行こうか?あさじんさんは何か好きなものある?」

マイティフィーバーの最中、私は彼に訊いた。

あさ 「ちょ、ちょ、△#?%◎&@」

彼は手牌に夢中だった。
始めのころは「ちょっと待って」すら言えず完璧なスルーを見せていたが、注意するごとにスルー頻度が減ってきた。圧倒的な成長だ。

私はしばらくしてから訊き直した。


あさ 「肉は好きです」

あっさじーんさんは高貴なため、食べられないものが多い。
海や川に生息する生物はイクラ以外食べられない。
野菜も基本的にほぼ食べない。
肉も内臓系は食べない。
キノコ類も当然食べられない。たけのこもキノコ類だと思っていたため、食べられなかったくらいだ。


「そうなんだ、じゃ、一頭両騨に行こうか。美味しいとこだよ」

あさ 「安安じゃないんですか?


数年ぶりに聞いたワードだ。
安安とは「うまい!安い!安心!」がウリの激安七輪焼肉店だ。
どのくらい安いかというと、カンが3回入った局面でリーチを打って1300点だったときくらい安い。
ここは彼のお気に入りの店だ。


私 「今日はより美味しいところへ行きましょう」

あさ 「お金ないですよ。いくらですか?」

私 「4000〜5000円くらいだと思います」

あさ 「飲み会でそんなに使えませんよ(笑)


彼は明るく笑った。もうお金も失うものもないのに、こんなに笑顔になれるのは心が素直だからだ。

私は涙が出そうだったので「お金かかりすぎたら、少し多く出しますよ」と返した。しかしこれは良くなかった。

このときの面子の年齢は3人が20代半ば、そしてあさじんさんは37歳だ。
私は、プライドを傷つけてしまったかなと思い、彼の顔色をうかがった。




あさ  「ンッ?ンッ?」


ASJ37の耳にはまったく届いていなかった。




跳満フィーバーを打ちまくり、プラスの成績でセットを終えたあっさじーんさんだったが、満貫クラスの焼肉には弱気だった。


私は彼の背中をそっと押した。

「たまには美味しいお肉も食べないと、態勢がよくならないよ」

態勢とは麻雀の運のことである。
食事と運は関係ない、と思われるかもしれないが、実は密接な関係がある。
麻雀の基礎中の基礎なので、これについてはいまさら解説は不要だろう。


彼はまだネガティブだった。
焼肉屋へ向かう道中でも、こんな悩みを打ち明けてくれた。

この前、友人と飲み会をしましたけど2000円くらいでしたよ。4000円なんて倍じゃないですか(笑)

”焼肉に4000円なんて見合わない”、そう言っているのだ。
常日頃からこういう計算をしているところが、彼が期待値の鬼と呼ばれるゆえんである。

私は「そうかぁ、大変だったねぇ」と励ましながら焼肉屋へ導いた。




注文した生タン塩が届くと、モラリストたわし君が「歳下なので」と率先して焼いてくれた
焼き上がった肉を前にしたあさじんさんは、初めてマイティフィーバーに触れたときのようにはしゃぎ始めた


あさ「ンッ!これは!ンンン!」

もう発音練習はいいんだよ、そう思いながら私は味の感想を求めた。


あさ「ンン!いつものとなんか違う!!初めて食べた!なんだかよくわからない」

よくわからないらしい。期待値を計算しているのだろうか?


「そうなんだね、お味はどうかな?おいしい?」


あさ 「OCです!!


私はたれぞうの再来を確信した。


「あさじん君は、ツイキャスとかユーチューブで配信したら人気が出ると思うよ」

あさ「なにバカなことを言ってるんですか?そんなの誰も見ませんよ(笑)」



絶対にやらそうと決心した。



この店はご飯も美味しい。牛ゲンコツや鶏ガラを煮込んだスープで米を炊いているのだ。これが好きで来店する客も少なくないだろう。
あさじんさんも例外なく、この米にハマった。

あさ 「ハァーOC。変わった味がします」

彼は犬のようにガッついた。

犬といえば、後に彼自身もこう独白している。




意味がまったくわからないが、彼が「可能性が高い」とまで言うからには、何か深い理由があるのだろう。
なんだか恐ろしいのであまり深く訊かないことにしている。



お会計の時間になり、店員さんが伝票を持ってきてくれた。余談だが、この店の女性店員さんは美人が多い。

我々四人が伝票を覗くと、17500円と書かれていた。酒も肉も頼んだので、凡人の私は「一人4375円は非常にコスパ良いなぁ」と感じた。

私 「あさじんさんは3500円くらいでいいんじゃないかな」


しかしあさじんさんは納得できなかったようで、メニューで値段を確認しながらブツブツと呪文を唱え始めた

あさ 「・・・高すぎないか・・・?俺はレバーやホルモンを食べていないし、カルビも1切れだし、他の肉も控えめだし、酒も1杯しか飲んでない。それに(略」


恐ろしい期待値計算がはじまった、と思った。
かもしんさんとたわし君は、スワヒリ語を聞かされているような表情をしていた。
あさじんさんの中には「コスパ」という文字はない。絶対評価で高いか安いかだけだ。期待値を追い続ける彼らしい考え方である。

 「じゃあ、あさじんさんは2000円でいいよ。差分は私が出しますよ」


私が鬼の圧力に耐えかねてそう言うと、かもしん如来と超モラリストたわし君が「いや、あさじんさんの2000円を引いて、残りを3で割りましょう」と言い出してくれた。本物の如来だと思った

あさ 「わかりました。じゃあ、それで・・・

それでも安安より高価だったようで、期待値の鬼は少し不服そうにそう言った。「もっとバリューを取れたのにな」と思っているのかもしれない。


まずは「ありがとう」と言うのが真のバリューだと彼に教えてくれる人はどこにもいなかった。

こうして、なぜか20代半ば3人が多く出すことで難を逃れた。





その夜、四人のグループLINEにあっさじーんさんからメッセージが送られてきた。

















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【 番外編 武者修行 】



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フィリップ
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