
【番外編】 武者修行 強制送還編
名古屋に住居を移した五月以降も、男は様々なことでPにアドバイスを求めた。
「僕は麻雀は大丈夫なんですが、対人能力のほうで少し不安が残るのですが」
「仕事の良し悪しは、ほぼ職場の人間関係で決まる。接客も大事だが、まずは同僚と信頼関係を結ぶこと。ペンとメモを常備し、顔と名前を完璧に覚えなさい。趣味や出身地も覚えて、少しは話せるように調べなさい」
「そこまでしますか?w」
「うるせえ、いいからやれ」
「はい」
男がその後メモを取ったかどうかはPに知らせなかったが、しばらくして「同僚の名前を間違えて、嫌われてしまったようです」とだけメッセージが入っていた。
*
その昔、男が設立した『返済』という名のLINEグループがあった。メンバーは男(あさじん)、かもしん氏、たわし氏、Pの四人だ。
返済とは、かもしん氏が金銭を融資していたことに由来する。返済はとうの昔に終わっており、ここは名古屋で奴隷生活を送る男の人生相談所と化していた。
名古屋の打ち子生活を始めて一ヶ月、ちょうど六月に入ったころ。 この日も『返済』に男のメッセージが投下された。


なんか14枚の状態から副露し始めていることは目を瞑って、なんか流れをおさらいしてみる。なんか手牌は鳴いても跳満になる2シャンテンだ。



恐ろしいことにまだ2シャンテンである。お客様からなぜ8pを槓しないのかと笑われた、と書かれているが、手牌を見られていたら100倍笑われていたに違いない。麻雀牌が不透明で良かったな、とPは思った。
「いいんじゃないの?個性的だし」 Pは言った。
「なんかふざけてません?こっちは生活がかかってるんですよ?」
とても生活がかかってるようには見えないが、男は本気だった。寿司は腐らせても精神は腐らせない、鋼のメンタルの持ち主だ。
人間は自分を厳しい状況においてこそ成長する。もうダメだ、と思ったところからどれだけ頑張れるかで、その先が変わってくる。男は身を粉にしてそう教えていたのだ。
「麻雀はメンタルゲームであると同時に、体力もかなり使う。仕事が終わったらできるだけ早く休み、休日も体を休めなさい」
「そうですね、わかりました。次の休日はそうします。アドバイスありがとうございました。」
それから初めての休日。



Pは(ゴミすぎワロタ)と思った。
*

六月半ばごろ、男は『返済』に細かく収支報告を書いていたが、その内容は負のデフレスパイラルそのものだった。あと数日ほど不調を引けば、月の報酬である10万が消し炭になるくらいの、とてもひどい負けであった。
それにより男はダウナーに陥っていた。報酬は月末に受け取るが、それまでは自腹で凌がなくてはならない。もともと移住した時点で十数万円しか手持ちがなかった男は、外食・フリー雀荘巡り・麻雀セット等の浪費で、そのほとんどを失っていた。
「もうきついです。来なければ良かった・・・」
「辛いのはわかるが、とにかく今をなんとかするしかない。SNSで食品を恵んでもらってはどうか?」
「僕にもプライドはあるが・・・急を要するから仕方ないか・・・」
男には邪魔にしかならないプライドがあったが、現実を目の当たりにして苦渋の選択を受け入れた。すばらしい判断力だ。
(こんな男でも命は大事だ。生きているだけでいいのだ)と、Pは思った。
募集の甲斐もあり、何人もの心優しい方たちがレトルトや乾物などを差し入れてくれた。また、中には「暑いだろうから」と扇風機を安価で譲ってくれた方もいた。男が本当に愛されている証拠だ。
そんな折、Pのもとに男から写真とメッセージが届いた。写真には、冷凍炒飯・レトルト麻婆茄子・乾燥ひじき・ツナ缶などが写っていた。お客さんからいただいた品だろう。
「差し入れか?皆に愛されているな。感謝すると良い」とPが送ると、すぐに返事が返ってきた。
「いや、ナスも海藻も魚も食えねえよwwwwwwどうすんだこれwww」
「こいつは死んだほうがいいな」と、Pは心から思った。
*
六月中旬ころ。

男は完全にへし折れていた。Pは自業自得だと思ったが、とりあえず手を差し伸べることにした。
「大変だったな。おそらく十分な休息が取れてなくて真の実力が出なかったんだろう。また東京に戻って仕事を始めたらどうだ?」
「はい・・・そうできるよう頑張ります」
意気揚々と名古屋修行に向かった男だったが、彼の物語はあまりにも突然その幕を閉じた。わずか二ヶ月であった。
人間は自分を厳しい状況においてこそ成長する。もうダメだ、と思ったところからどれだけ頑張れるかで、その先が変わってくる。(頑張ってもより厳しくなる人もいるんだな)とPは学んだ。

*
この後、男は東京・三鷹の聖人 澤田氏から住居を無料で借り、新たな仕事に就きはじめた。少ないが比較的安定した収入を得た男は、これからはしっかりとした生活をしようと心に誓ったが、真のデフレスパイラルはまだ始まったばかりであった。

【 第11話 三鷹へ行こう! 】
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