おじさんの誓い―1000日連続書くの結果
1.おじさんがやがて終わる時
50歳を過ぎて向こうに”定年”の山影が確実に見え始めた時のことです。
ああ、早く来ないかなっ!サラリーマンなんてうんざりしたっ!定年したら解放だぁー!
そのとき、定年後をどう過ごすんだ?と自問する声がしました。
そこの山里では、かなりの時間があるという噂なのです。
えらいこっちゃー。
友だちいないし、趣味は無し。運動好まず、外出は大嫌い。
このままそこに行ったら、かのじょに濡れ落ち葉となりべったり貼り付くしかなくなる。そんな無様はわたしのプライドが許さない!
本がある。いいえ、本がいくら好きだといったってあれは趣味じゃないのです。
ご飯食べたり、お風呂入り寝るような”生の基本活動”で、ずーっと一日中続けれるものじゃない。
一日のうちの1、2時間する義務みたいなものです。
一日中食べ続けれないし、いくら寝るのが好きだといっても一日中寝てられません。
仕事の無いお気楽時空って、実は考えるだに恐ろしい場所です。どうする、わたし??
会社員として芽の出なかったわたしのエゴはこんなふうに囁やいてきました。
「本を読むのが好きでずっと作家になりたかったじゃないのか?
世間を驚かすようなものが書けるんじゃない?有名に成ったらいい気分だぜ。
自信なんか関係ないさ。真剣に書いてみろよ。」
彼はいつももっともらしいことをわたしに言うのです。
他にやりたいことが無いんだし、ひょっとしたら収入が得られるかもしれない。素敵です。
なにより、わたしは他者からすごいと確かに言われたかったのでした。
作家という者になれば、わたしは死ぬまで満足して生きれるでしょう。
だろう?とエゴが囁いた。
2.1000日回峰行をやる!
その頃、テレビで修行僧が命を掛けて1000日間、峰を巡るという番組を見ました。
寺での勤行のあと、深夜2時に出発します。
真言を唱えながら峰の上の260箇所で礼拝しながら、30kmを平均6時間で巡拝するのです。
ようやく朝に寺に帰れば他の僧と同じように寺のお勤めを行います。
ほとんど寝ていません。
白装束も毎日自分で洗わねばなりません。足のケガや捻挫は頻発し爪なんかぼろぼろになってた。
途中で行を続けられなくなったときは自害する。
そのための「死出紐」と、降魔の剣(短剣)、三途の川の渡り賃である六文銭、埋葬料10万円を常時携行します。
未開の蓮華の葉をかたどった笠をかぶり、白装束、草鞋履きで行うのです。
やがて700日を満行すると、最も過酷とされる「堂入り」が行われます。
行者は入堂前に生前葬となる「生き葬式」を執り行う。
そして、無動寺明王堂で足かけ9日かけて断食・断水・断眠・断臥の4無行に入る。(ふつうなら断水だけで数日後には死にます)
毎晩、深夜2時に堂を出て、近くで水を汲み、堂内の不動明王にこれを供えなければなりません。
水を汲みに出る以外は、堂中で10万回真言を唱え続ける。。
そうだっ!これだ!わたしも命掛けてやるっ!
わたしもわたしの「千日回峰行」をしよう!と誓ったのです。
それからは、仕事が終わるとわき目も振らずに家に帰りました。
玄関を入るまでには、ネタは決まり構成もほぼ考えてあります。
よしっ!
すぐに夕飯を食べ、書くのに1時間半、推敲に30分。
2時間以上を使って書いては毎日ブログにアップしてゆきました。
終わったら、しばらく翌日のネタ候補について考えます。(いつも5,6個ネタを用意しました)
お風呂に入り、ようやく寝る時が来る。
ああ、今日も書けた、ほんとよかった・・・。そう安堵し寝入る日々でした。
1000日連続でなければいけないので、毎日必死でした。
修行僧に比べたら「へ」みたいな行ですが、いや、真剣さは負けてはいなかったと思います。マジでした。
行き帰りの通勤時間に構想を考え、いろんな本を読みあさりました。
いままでの読書とはまったく違って、短歌や俳句、絵画、詩、彫刻といった苦手領域を広げました。
小説類もいままでの”じぶんの”好みに捕らわれず広く読みました。
宗教や哲学にはもっとも時間をさきました。ユング心理学、インド古典哲学はとくに楽しかったです。
仕事中はブログのことなんて考えてられませんから、仕事以外の時はすべてネタ作りとなりました。
ネタはなんでもいいのですが、じぶんのこころが振るえたものでないといけません。
そして、じぶんの体験でないといけません。(わたしが、リアルに感じたことでないといけない)
不幸な母とのこと、嫌な上司のこと、かのじょを悲しませてしまったこと、泣いたこと、笑ったこと・・。
わたしを構成しているものたちでないといけません(そうでなければ、わたしが書く意味がありませんから)。
わたしとしては比較的詳しい経済や政治の話題は避けました。それらはしょせん、他人事ですから。
なによりも、読んでくれた人が最後まで読んでなにかの救いがないとなりません。
できれば、明日の朝目覚めた時、さぁー今日も生きるぞぉーって思って欲しかった。
回峰行のほぼ3年間、わたしの底を掘ることと、視野を広げることに終始しました。
多くの読み手は地味な話はあまり読みたがりません。
こころの暗いところにまで触れる話はなるべく避けます。
でも意外なことに、毎日”じぶん”を書いている内にすこしすこしと読み手が現れてきました。
常連さんが出来て行きました。まあ、両手で足りる程度でしたが。
かれらも忙しい日はみてくれません。
音沙汰無いと、わたしの書いたものはやっぱりツマラナイのか・・・とわたしは沈みました。
いいや、そんな他者評価に揺らぐようじゃ、立派な物書きにはなれない!とへこんでは奮起を繰り返した。。
ある日、たった1日だけ書けなかったことがありました。
高熱で苦しんだのです。インフルエンザだったのでしょうか。書きながら、気を失いました。
わたしの回峰行はヘナチョコ行ですから、まさかそんなことが起こるとは思ってもいませんでした。油断しました。
しまったーっ!腹をかっさばいて自害しなくちゃならない!
翌日起きて確認すると、かのじょがわたしに代わりに書いていてくれました。
「ほんじつは書けません。ごめんなさい」とたった1行。
1行じゃだめとはしていませんでした。
その1日を許してもらえるのなら、わたしは1000日間腹もさばかずに書き続けたのです。
1日2時間ですから、少なくとも書くのに2000時間を費やしたことになります。(24時間ずっと書くとして、83日間連続で書く量です)
3.で、どうなった?
始めるにあたって、わたしはエゴにイィマシタ。
「先がどうなるかわからないんだ。プロとしての道を見つけられるかも、力をつけれるかも分からない。
でも、きっと、書き続けていれば、ふとした声がじぶんにかかったり、新しい世界が開けるかもしれない。
なんの保証も無いんだけど、結果はなるべく考えないようその日作ることだけに集中したい。」
わたしのエゴは黙っていました。
が、彼は毎日やってきてはこう囁きました。
「こんなの書いたって誰も読まないさ。現にぜんぜん読者増えないだろ?何にも変わりゃしないさ」。
1000日後、「千日回峰行」の修行僧が言っていた通りになりました。
「行を命掛けてしたからといって何もわたしは変わりません」と僧は言っていたその通りとなった。
わたしというものの本質は変わるはずもないのです。
スキルは上がった?ううーん、どうなんでしょ。
それからさらに10年ほど、3日おき程度に書き続けました。
が、やっぱり何も起こりませんでした。
そして、わたしは社会から山里に追い出されてしまいました。
どうする、オレ?の時代はあっという間に去り、どうにもならなかったオレが残りました。
4.もう一度やれるのか?
定年した今、1000日行はもうできません。
あれは、会社に行っていたから書けたんです。
幾ら嫌な会社でも、行けば必ず人に会い、やり取りが起こります。
他者との相互作用がないと書けない理由は、それは他者が自分の鏡になっているということです。
嫌なやつ、辛そうな同僚、がんばってる人。。
他者を見てわたしは何かを考えたり思ったりします。
反射してくれる鏡を介して、そうしてじぶんというものを見ることになります。
他者を鏡としてようやくじぶんを知るのです。
山里では、ゆっくり時が流れ、もう恐れたり競ったりする必要はないのですが、”他者”という存在がいない所です。
いいや、友だち作ったらいいじゃんとあなたは言うでしょうが、昔話友達では鏡になりません。
なにか生きるに必死な時空でなければ、じぶんの弱みや醜さは見えてこないのです。
反射を通じて、じぶんに在る悲しみやネガティブを見ることになるから、わたしは今度はこうしようとか、こうありたいとかいうポジティブに向かえると思うんです。
わたしたちは「社会的動物」だというほんとの意味は、反射物という同類が存在しないと自己を確立できない生き物だということかと思います。
5.なぜ変化が起こらなかった?
修練として書き続けても、この程度じゃ大きな変化は起こせないということでしょうか?
いや、みずから公募に出さない限り、世間は判断もしないのです。
世間が判断しなければ、わたしは変化を知りようもないでしょう。
10年前後書き続けても、作品を公募にかけなかったのは、それは怖かったからです。
まったく歯牙にもかからなかった場合、わたしのちんけなエゴは大騒ぎするに決まってました。
応募せずにモラトリアムしておけば、少なくともエゴが傷つくことは絶対にないのです。
ほんとに、プロに成りたい?
いや、応募せずとも満足していれたのは、それは、わたしが真剣に望んだものではない、借り物の願いだったということです。
だから、欲と恐れを天秤に掛け、わたしは欲より恐れを重視したのです。
では、1000日書き続けたワケはどこにあったのかということなんです。
わたしはその日書き終わり読み直したとき、ときどき胸がつまってしまうことがありました。
恥ずかしいことに、じぶんで書いたものにじぶんで涙したのです。
そもそもわたしは、内に隠されていた声を外に出して見て見たかったのかもしれません。
エゴを落として見たとき、それでも書きたいと残っていたのは、それは自己表出の願い、祈りだったんだと思います。
涙するほどに、じぶんの中にいっぱい隠し子がいて、その子たちはこの世界の日の目を強く見たがっていた。
エゴまみれのわたしが、続けられたのは熱く応援してくれた人たちと、隠し子の無念のエネルギーだったんじゃなかと思います。
だから、スキルや世間上になんの変化も起こらなかったのですが、
変化はもっとわたし自身の内部の変化として起こっていたのだと思います。
現在ですが、こうして未だ書き続けているわたしは、作家になりたいとか、成れないかもとかはもう考えていません。
チャンスが巡ってくれば(夢中になれるテーマが公募されたなら)、喜んで応募するかもしれません。
いっぱいイイネをもらえたらもちろん、嬉しいです。
でも、もらうほど、じぶんでじぶんにプレッシャーをかけて、”ほんとのわたし”を出せなくなってしまう人であることも知っています。
10年以上を費やして、わたしはわたしのために書くという行為に移行しているようです。
6.蛇足
(1)上限5%の掟
もちろん、じぶんの書いたものが、世界のひとのしあわせにつながるものに成れたら、それは嬉しいことです。
でも、どんなに頑張っても、わずか5%、全人類の1/20以下としか、たぶん、わたしは繋がれないのです。
村上春樹でさえ、書いても600万部しか買ってもらえません。
単純に言って、600万人が買うのなら総人口1.2億人の5%しか読者にはなれないということです。
いわんや、シロウトが5%以上の人の継続的な支持を得るなんて無いのです。
自分に親和性のある文章とは、5%ごとのタイプにクリアに分かれていると思います。
どうしても自分に当てはまらない文章に人は郷愁を感じられないのです。
実際、わたしに村上さんの小説は合いません。
春樹教の同僚に借りて読んだ、おすすめの1冊でさえ、辛くて読了できなかった。
村上さんのエッセイはすべて読みたがるのに、小説はまったく肌が合わない。
作家に成りたいと思う人は、この上限5%を想定していないでしょう。
5%の読者なんてぜんぜん満足しないのです。「さすがだーっ、すごいー」と全人類に言って欲しいと思います。
(2)たいせつなこと
千日回峰行の満行者は「大阿闍梨(だいあじゃり)」と称されます。
平安時代に始められました。
とにかく死の間際に近づくまでの過酷な行ですか途中で命を落とした者もいて、大阿闍梨は数えるほどしかいません。
にも関わらず、それほど熱烈に行入りを僧たちが願う理由とはなんでしょうか?
「悟りを得るためではなく、悟りに近づくために課していただく」ことを理解するための行、なのです。
達成目標ではなく、プロセスに過ぎないといってます。
ずっと書いて来て思うのは、有名に成るためではなく、
悟りに近づくために課していただく「ブログ書き」ということなんだなと思うようになりました。
悟りは坊さんの専管事項ではなく、わたしたち民衆の願いそのものでしょう。
エゴがウダウダ言い続け、いつも振り回されて日々を送るわたしたち。
わたしたちの方が仕事を逃げれないから、押し寄せるエゴのプレッシャーは僧たちより過酷でしょう。
一生エゴに膝まづくわたしたちが、自分の中のほんとの声を聴けるようになる状態を「悟り」と言うでしょう。
ほら、星の王子様もいいました。
「心で見なければものごとはよく見えないってこと。大切なことは目に見えないんだ」と。
作家に”成っても”、それは形式でしかなく、エゴからは解放されないと確信します。
わたしはそれでは嫌だったのです。
(3)プロとアマチュアの違い
それほど憧れの”作家”ですが、プロとアマチュアの両者に違いはほとんど無いのです。
世間から何と言われようと訴えたいものを抱えた者は、内なるものを作り続けました。
プロでもアマでも、表現せずにはおれないのです。
ああ、、書けないと悩むわたしのようなひとは、たぶん、書かなくても生きて行けるんです。
そして、作家という極端に時給の悪い(生産性の低い)職業につきたい者は、冷静な判断をしていないでしょう。
単なる憧れイメージ、ステータスで作家を見ているのかもしれない。
じっさい、直木賞を受賞しても2,3年で忘れ去られ消えて行く世界で、そのステータスは短命です。(あなたも3年前の受賞者を覚えていないでしょう)
食うに困ろうと、なにがなんでも自分を表現したいと言う狂気の程度だけが違います。
人の創造期間をおよそ50年とみると、書き続けていれば、時代が追いついて来るチャンスが2,3度巡って来ます。
(株取引なら、もうすこし頻繁な、7~10年単位で個人投資家にチャンスが巡ってきます)
1度目で時代とマッチングされる者もいるし、ずーっと先延ばしになる者も出るわけです。
かなり、単価が安いだけでなく、長期に見ても生産的なお仕事とはいえないのです。
まだ世間に出れない!と焦ったわたしのような者は、なんでもコントロールしたがり屋でしょう。
なんでも制御できるという前提は、また、やれば達成されるという宗教の信者となっています。
でも、やっても出来ないことは出来ないのです。
努力しても、めぐって来るチャンスのように明らかに制御不可能な事象世界にわたしたちは住んでいる。
その事実を冷静に直視することを避け、情熱(意思)だけに頼ろうとしてしているのかもしれません。
がんばった!でも、がんばったのに報われない!
そうすると、もともと動機が真因性ではない、外因性(報酬や見返り、世間体)だったものだから簡単に揺らぎます。
ああ、、おれに才は無い・・・。ああ、世間はばかだ・・・。とかとか。
(4)なぜ作家に憧れたんだろう
おのれを突き上げたパッションがもし表現し尽くされてしまったなら、プロたちはどなったのでしょう?
太宰も芥川も細雪もヘミングウェイも自殺しました。大勢の作家が亡くなって行きました。
もう満たされたにも関わらず、世間は綺羅星の才能を持つかれらにさらなる高みを目指せと続行を迫ったのでした。
もういいかなって言う自己と、しつこく絶大に期待してくる世界との折り合いはそこしかなかったでしょう。
死ねば、もう誰も責めませんもの。
絵でも詩でも俳句でも小説でも彫像でもなんでもOKという人はいなくて、みな表現が許される”窓”はすごく狭いものです。
プロになってしまう人は、実は生きるのがヘタな人かもしれません。
有名となり世間に居場所を見つけてしあわせな家庭を築きましたとさ、ちゃんちゃん、とはならない。
なんとか、その偏ったおのれを世界に表現したい!とかれらは強烈に飢えるのです。
でも、許された表現手段、表現方法がじつにじつに限定されているわけです。
いや、制約があればあるほど、燃える。そういったすごく不器用な生かもしれないのです。
きっと作家に憧れるとは、そこなんでしょう。
お金にならなくとも、短命でも、この世界におのれを表出したいと、偏っていることの代償を切実に願っている。
細いほそい針の穴から不器用なラクダを無理やり通そうとかれらはする。
膨大なエネルギーを注ぐ。膨大なエネルギーをそこだけにつぎ込む。。
収入を得たい、有名になりたい、さすがですと言われたい・・・なんてことよりも、プロにははるかに強烈な動機があるでしょう。
むしろ、止むに止めれないワケがビルドインされて生まれて来ている。
じゃなければ、ゴッホは弟にお金せびってまでも描き続けれなかった。
才能は本人が定義できません。その時代が判定します。
もちろん、どこかの1点で抜きんでていても、それ以上にプロたちは訓練に余念がなかったのです。
ゴッホのタッチは一目でゴッホと分かりますが、彼が残したデッサンを見ると、やはり非常に優れています。
そして膨大にデッサンを行っていました。
才能の有無以前に、かれらは人並以上に練習に没入しています。
ピアニストのルービンシュタインは、あるお気楽な夫人に「わたしもあなたのように弾きたいわぁ」と言われ、激怒したことがありました。
どんなに有名になっても、彼は毎日8時間以上練習したのです。
雨の日も雪の日も日曜日も。血のにじむような鍛錬に身を捧げたのですから。
きっとプロは不幸でしょう。
メディアはもてはやしますが、お金にはなりません。(俳優の方がお金になります。いや、株かな)
それでも止むにやまずに成るのがプロでしょう。
わたしたちは、創造性という魂に憧れを持つのです。
が、その創造性は持って生まれた狭い”窓”のせいで苦しく悲しいものなのかもしれません。
孤高を目指すのなら、いっさいの世間(評価)を切り捨てるべきでしょう。そうして、1歩1歩と進む。
すこし進んだら、自己とだけ確認する。
もう修行僧も青ざめるほどにストイックになる覚悟がいるのかもしれない。
ああ、、作家に成れないとわたしたちは苦しみながら書くのですが、じつはそこまで行く気の無い者がする、単なる娯楽なのかもしれないのです。
苦しみは、怒りと同じように時間つぶしの娯楽だったりするのです。
悩んでいることが神聖なのではなくて、欲と恐れを脱落させ身をゆだねる姿が貴いでしょう。
わたしたちは、ずっとエゴの娯楽に付き合わされて来たのだとしたら、それは悲劇ではなく、喜劇だったのかもしれません。
辛口の論調となりましたが、すくなくともプロは止むぬ止まれずに命を張っています。
不安や愚痴を言う者は、プロたちよりより広い才能をもっているからです。(広いと1点掘りができません)
ただ、自分自身に誠実ではないかもしれないのです。
いや、せめてわたしは、アッハッハと朗らかにおのれのバカさ加減を笑ってこれからを生きたいと思うのです。