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あなたの話はわかり易い 


彼は、今でも韓流ドラマにはまってると思う。毎日まいにち、彼とお昼を一緒に食べていた季節のことです。


1.超冷たい男

韓流ドラマを見ながら彼は泣き、笑うという。

おお、、ごつい顔したおっさんが泣くという。

恥ずかしかったとか、泣いたんだとかをさらっという男って、そんなに多くはいません。

どんなドラマなのか。

彼の話を聞いていると、ああそうかってわかる。そうなる理由がちゃんと分かった。

彼は、話がすごくうまいのです。再現してくれると、どのドラマも輝いた。

なのに文章は書けない、という。

もちろん、無理すれば書けるけれどほんとに嫌だという。

これほど、うまく口が表現するのだから、さぞ書いたらすごいぞとわたしはいつも思う。

どんな小説になるのか、楽しみ。

けれど、書くのは苦手だと本人は言う。

いやいや、きみのその口のままに口述筆記するだけでいいんだよ。

彼は、嫌っていう。

わたしは、なかなか彼の口と手の関係が信じられない。


彼には、家族からも同僚や部下からも、いつも文句が寄せられました。

彼はじっくり聞く。

彼に不満をぶつけたり文句を言う人は、彼がよく受け止めてくれる人間だということを知っていました。

彼が自分を傷つけないことを知っていた。

彼は立場では相手を見ない。年下だろうが、相手が役員だろうが、言い方は配慮すれども、言ってるその内容は率直そのもの。

にんげんは、話を聞いてくれる相手にしか、けっして自分を傷つけないであろう相手にしか、自分の本心を言わないのです。

そんな珍しい受け手はそうそうこの世にはいない。みんな、彼に文句をいっぱいぶつけたのでした。


そんな時、彼は困惑する、とよくわたしに言いました。怒りや嫌悪ではないのです。

彼はいつもサンドバック状態だったけど、けっして相手を否定はしなかった。

彼は、じっと聞いて、それは違うと思えば自分の考えをいった。

その言い方が、実にもっともで、論理的でした。

自分の考えは自分の考え、相手の考えは相手の考え。

でも、ご神託を聞かされた相手は納得しないのです。なぜなら、かれらはご神託を求めてはいなかった。


相手が自分と意見が違うからといって、自分が否定されたなんて彼は思わない人だし、賛同もめったにしないかわりに、否定もしない観察者といったところでした。

だから、ずばり相手に自分の考えも言う。

彼にとって、双方の違いとは”事実”でしかない。

だから、ウェットに近づいたり離れたりするコミニュケーションは彼にはできない。

そうすると、どこまでも客観的な彼という存在が信じられなくて、人たちは一層激高した。

冷たいとか、思いやりが無いんだとか、自分に無関心なんだとか言う。

いやいや、彼は韓流ドラマ見て泣く男なんですよ。


ほんとは、みんなはただ彼に受け止めて欲しかっただけでした。

論理的に分析して欲しかったわけでも、解決して欲しいわけでもなかった。

事実を聞きたかったわけでもなかった。

でも、論理的な論破をされるとバカにされたと思った。

みんなは、自分の願望や虚栄を彼に投影し続け、彼に叶わぬ願いをぶつけ続けました。



2.わたしとの関係

長い間、彼はわたしの部下でした。

わたし自身は話すのは好きですが、彼ほど話はうまくはない。

というか、ああ、あなたの話は分かりやすいなんてわたし、言われたことがない。

わたしの話は分かりずらいのです。

わたしには、ただ想いだけがあって、話があちこちに飛ぶ。

仕事の場合、なんとか分かってもらって、1つの目標にみんなのベクトルを集めたい。

じぶんが客観的か論理的かなんて気にしてなくて、じぶんの想いを出す。

だから、似たような話をくどくどと繰り返すし、説明もせずに話があちこち飛んで行く。


でも、さすがに想いがあっても、客観的におのれを見ないといけないことって多々あって、そんな時、わたしは彼に頼った。

彼自身は、提案資料を書かないというか、書けない。

こういうふうにしたいんだとか、こう在りたいんだという想いが彼には無い。生じた問題を受容し、そして深く分析する人。

で、わたしは、役員にあげないとならない資料を先ずじぶんが書き、そして彼に校正を頼んだのです。

頼みます、と。

彼は、話の順番を入れ替え、削除し、いちさん(わたし)が言いたいことはほんとはこういうことなんでしょ?と編集した。

出来上がった資料は、いつも素晴らしくて、わたしどころか気難しい役員まで驚いた。

編集って、大事なんだ・・。

またですかと言いながら、彼は毎回わたしに答えてくれた。そんなふうに、わたしは何度も彼に助けられた。

ここ一番の時、もっともわたしが頼りにする人でした。


わたしは、わたしの考えを彼が真っ向から否定しても、非常に重要に受け止めました。

あるときは、わたしは、それでもじぶんの感覚に従うという決断をした。

「論理的にはきみの言う通りだと思う。けど、わたしのこころがやっぱり違うというんだ。だから、こちらに行きたい」と。

そうすると、彼は「分かりました」と言う。

わたしは想いを書くだけなら苦も無く出来、かれの編集はピカイチだった。

参謀としてはピカイチだった。


やがて月日が流れ、彼がわたしたちの上司となりました。

リーダーに期待されるのは、みんなを信念を持って引っ張ること、支援し励ますこと。緻密な論理性ではないんです。

そもそも、人は論理で理解はすれど、行動は感情に従う。

でも、彼にそれはできなかった。

というか、客観性が高い分、自分の想いや願いが薄い。

でも、薄くないと客観的にこの世を扱えない。

それがみんなの不満をかきたてた。

みんなは、混乱した頭で混乱した話を自分では論理的だと信じ込んで、彼に文句言った。

彼は事象を冷静に分析するから、いつもめちゃくちゃなことを言うかれらに”困惑”した。

なぜ、部下たちが苛立つのかを彼は理解できなかったのです。

部下たちは、自分が言っている言葉(思考)の下に隠された悔しさ、辛さを彼に伝えなかった。


たぶん、どんな人にも得手不得手というのがあって、それぞれの役割がある。

自分には得意とするところもあるけれど、出来ないこともある。

上司だ、部下だというより先に、協業するしかない、と思うのです。

苦手なところはお願いし、相手が辛いところは自分が助ければいい。

補いあって進むしかないんだ、と思う。

そうすればお互いに信頼が出来るのに、でも、みんなは、理想の上司像を彼に求め続けた。

そして彼は都度、論理的に説明した。

あまりに高い知能を持つ彼に、とことんダメ出しされたとみんなは思ったのです。突き放されたと。

何にでも負けまいとするプライドの高い部下たちは、もう協力する気を無くして行きました。



3.彼が深夜にひとり泣く

奥さんとは2度目の結婚でした。

一度目の妻は、なんだかんだと彼に言いがかりをつけた。

妻は苛立ち続け、勝手に破局を向かえ、そして勝手に出て行った。

孤独で不安だったのかもしれない。もっとウェットな寄り添いを彼に求めていたのだと思う。


2番目の奥さんとはそんなことにはならなかったのだけれど、しかし、奥さんはがんにおかされた。

膵臓でした。致死率が高いやつ。

深夜の病院でした。

彼は妻のベッドの隣に座ってテレビを見ていたそうです。

流れてきた歌に、かれは泣いたと言いました。


家にいるときは、韓流ドラマばかり見ていた。

彼の唯一のなぐさめは、娘とドラマだった。

奥さんは、診断から半年も経たないうちに、高校1年生になったばかりの娘を残して亡くなりました。

早すぎた死に大勢が葬儀に集まった。

娘さんは会場でぽつんとしていた。

彼は、わたしを娘のところに連れて行き、紹介してくれました。「この人がいちさんだよ」と。

わたしは、何も言えなかった。

そして月日がまた流れました。


ある日、彼からメールが来ました。

会社を去りますと。

まだ、次の就職先は決まっていないんだけど、娘も大学を卒業したことだし、第2のじんせいを探そうと思うと。

驚きました。

あれから何があったのでしょうか。

もう仕事を一緒にすることはなくなっていましたが、わたしはいつまでも彼が会社にいてくれる気でいたのです。


深夜に妻のベッドの隣に座ってテレビを見ていた時、流れてきた歌はこれでした。

ナオト・インティライミ 「恋する季節」

https://www.youtube.com/watch?v=p1nOC68OJmI

一面の菜の花畑でナオトが歌ってる。

星屑の夢は何だっけ?と問い、うたかたの夢の続きの中で奇跡は始まる、という。

これは若い恋人たちの希望の歌に聞こえるんだけど、

意外なことに、分かれが来たふたりが自分たちのじんせいを振り返る時に相応しい。

美しい希望に満ちた自分たちが蘇る。ああ、そうだったと走馬灯がまわる。。

ナオトの歌の話を彼から聞いた夜、この曲を聴いてみて、今度はわたしが泣いた。


彼は、これを妻が寝るベッドの隣で聞いて、もっともっと生きたかった妻の気持ちを思って泣いた。

いや、嗚咽だったでしょう。

しかし、脳にまでがんが回って意識混濁した妻にその彼の嗚咽は聞こえていたんだろうか。



奥さんが亡くなってから、もう10年以上経ちました。

いつもいつも、苦しみがやって来る彼。

悲しみもいやってほど寄って来る。

だれもあなたを分かろうとしない。だれもそばに居続けてくれない。

でも、あなたの話はわかり易いのです。

あなたはいつも率直にわたしに自分を表現してくれた。

わたしもあなたに何でも相談した。

あなたは暖かなこころを持っている。

いつの日か、あなたが役割を分け合う人にまた出会えることを願っております。

どうぞ、お元気で。

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