リファレンスワーク入門
もう30年前になりますが、大阪外国語大学(現大阪大学外国語学部)のアラビア語専攻の学生であったときに書いた『アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩)』という小冊子に掲載した記事を、こちらにも転載しておきます。のちに、画像にある『われわれの物語を創るためにー開発民俗学研究序説-』(2013)に再掲されました。
まだインターネットが一般的になる前の記事ですが、実は文系のリファレンスワークの記事をまとめたもので、当時としては最先端の動きを踏まえたものでした。アナログチックですが、基本は変わりませんので学生さんや社会人でがっつり研究に取り組もうとする人のヒントになると思っています。
なお、『アラブ・イスラーム学習ガイド(資料検索の初歩)』 (©1991)は、2000年5月5日にわたしのホームページに全内容をアップしていいます。こちらのページをご参照ください。http://arukunakama.life.coocan.jp/g000.htm
第二部 リファレンスワーク入門
1.はしがき
2.資料の検索と整理術
3.第三部に関する文献案内とその補足
1. はしがき
よい仕事をしようとすれば、当然、よいツール(工具)が必要になる。これは自明のことである。しかし、他の人文社会科学分野にも言えることだと思うが、日本ではビブリオブラフィー(書誌学)に関心が払われてこなかった。確かに、自然科学分野とは違い、研究者個人の感覚(センス)がより重要視され資料を探すのもセンスのうちなどと言われるのは止むを得ないし、否定もしない。だが、である。この状況に甘んじている事自体に、日本旧来からの学問のあり方、秘伝伝授や徒弟制度の名残を見るのは考えすぎであろうか。
ともあれ、このアラブ・イスラーム学に限って言っても、年々、国内外を問わずレベルが上がってきており、全体像はおろか、専門的な個々の問題にいたっては、初学者には全く理解できないという状況になってきている。ここで、必要になってくるのが、書誌であり、リファレンスワークである。
このリファレンスという面から見ても、欧米と較べると雲泥の差がある。あえて書籍の検索だけに限っても、まず図書館員からしてレベルが違う。欧米ではしかるべき大学の付属図書館では、教授クラスの研究者が司書をやっているという。学部の教授が書籍の購入を申し込んでも、司書に拒否されることさえあるという。それも、もっとよい本があるという理由で!
つまり、欧米に於いては、書誌学(ビブリオグラフィー)と言うものが確立しており、学界まであり、ビブリオグラファーの地位自体も大学教授同様、非常に高い。以上、ある日本人研究者である某教授の話の受け売りである。しかし、このような情報の蓄積に関することについては、ビジネスやその他の分野に於いても日欧の違いが、近年、よく指摘されている。
日本の学生と欧米の学生の学問的レベルの差というものが、実はこのような所から始まっているのかもしれない。ともあれ日本の研究者はもっと、後進の育成に心を砕いてほしいと思う。これは、学生の人格の形成うんぬんという問題ではなく、もっとツール(工具)の整備をしてほしいということである。
実は、日本でも財団法人東洋文庫附置ユネスコ東アジア文化センターに於いて、佐藤次高(東大文学部教授)氏らにより、『日本における中東・イスラーム関連研究文献目録』が、1992年3月刊行をめざして編纂されつつある。明治から昭和までの、本や紀要のほぼ全てが網羅され、非常に有用なものとなることは明らかなのだが、価格的にもかなり高くなるであろう。しかし問題は、何よりもまず、研究者以外の誰がこの情報を知り得るのであろうか!
当目録では、第一に書誌の書誌となるように心掛けた。次には、ずばり、購入する際のことを考慮に入れた。つまり、本の大きさによって分類している。本の背を読むとは、昔から言われていることだが、その効用の一つとして本の大きさや体裁を知るということが、挙げられると思う。本を探す際には、著者名題名、出版社名、出版年次が、必要なことは言うまでもないが、実際に古本屋で探す際には、大きさそのものが物を言う。例えば、最初から新書本だとわかっていれば、その棚の中から探せばよいのである。図書館では、もっと効果的な探し方があるが、いずれにしても、著者名と書名が判らないことには始まらない。そして、書名だけでは内容がよく分からないことも多い。やはり、本は実際に、自分の手にとって見ることが必要であろう。
また、これは、断りでもあるのだが、この目録は私自身の基準で選んでいると言うことである。一部の始めでも述べたが、私は、かなり広範囲にわたって書籍を収拾している。現在、地中海に興味を持っているので、西洋史やヨーロッパに関するものも多く含まれている。このことは、逆に言えば、この目録のユニークな点でもあろう。ところで「イスラーム・アラブ関連」という自体、非常に曖昧な概念である。イスラームという点から言えば、中世のスペイン(アンダルス)や、現代の東南アジアは入るのかとか、分類自体に困難をともなう。だから敢えて、分類は試みなかった。
以下に、リファレンスワークに関する、若干の文献案内を付けた。その次に当目録のお薦め文献を挙げたいと思うが、完全に私の独断と偏見によって、穴的な本をピックアップしたいと思っている。以上、よろしくご了承ください。
2. 資料の検索と整理術
まず、目録を使う前提条件として、リファレンスワークに関する本を紹介したい。はっきり言って、ビブリオグラフィーも、リファレンスも半分ぐらいは純粋に技術的な問題とも言える。そう割り切った上で、基本的なノウハウを押さえておくことは決して無駄ではなく、むしろ必要不可欠とも言えよう。
最初に全体的な入門書にふれる。①は、資料の整理のついての古典的文献。②は、リファレンスワークに関する最も手近で実践的なものと言えよう。本論に一番関係があり、必読。③は、言わずと知れた、情報処理技術の古典。④はそのものずばりの本である。
①加藤秀俊 『整理学』 中公新書 1963
②加藤秀俊 『取材学 探求の技法』 中公新書 1975
③梅棹忠夫 『知的生産の技術』 岩波新書 1969
④斉藤孝ほか 『文献を探すための本』 日本エディタースクール出版部 1989
「論文の書き方」のたぐいの本にも、示唆が多い。いずれも、新書版や文庫版で数多く出回っているので、1、2冊は手元に置いておいてもよい。
○板坂 元 『考える技術、書く技術』 講談社現代新書 1973
○澤田昭夫 『論文の書き方』 講談社学術文庫 1977
○保坂弘司 『レポート・小論文・卒論の書き方』 講談社学術文庫 1978
文章の書き方として、非常に実践的なのが、以下の本である。
○本多勝一 『日本語の作文技術』 朝日文庫 1987
これは、現実的な文章論として、ひとつの傑作とも言えよう。
リファレンスブックの検索には、以下の非常に便利な本がある。当然、他分野の本も含まれているので、実際に関係あるのはその一部となるが、思わぬ拾い物もある。
○出版年鑑編集部編 『辞典・事典総合目録 1991』 出版ニュース社 1991
大規模な目録として、以下のようなものもあるが、いずれも大部で、無駄のほうが多いであろう。
○『日本件名図書目録 77/84』 21編30分冊 日外アソシエーツ
そのうち、②地域・地名(外国)、③歴史関係、④ことば関係、⑩哲学・心理学・宗教、⑫社会・労働、⑬民俗・風俗、など。
○『20世紀文献要覧大系』 日外アソシエーツ
そのうち、⑦文化人類学研究文献要覧、⑭東洋史関係研究文献要覧、⑮西洋史関係研究文献要覧、など。
したがって、新刊については、新聞や雑誌の書評や、実際に新刊書店の店頭でこまめにチェックするのがベストであろう。過去の本については、当目録やその他の本の、参考文献のページを参考に自分にとって必要な本のリストを個人個人で作っていくほうが現実的である。
雑誌記事については、以下のものが、挙げられる。
○国立国会図書館参考書誌部監修 『雑誌記事索引/人文・社会編』 日外アソシエーツ
また、歴史分野に限って言えば、『史学雑誌』の巻末の目録が、単行本のみならず、雑誌論文も掲載している点で、貴重である。
洋書の検索には、以下のものが、毎年発行されている。これは、国内の主要図書館に収められた洋書を、著者名順に並べたものである。したがって、著者名が分からなければ、使えない。
○『新収洋書総合目録』 国会図書館+日外アソシエーツ+紀伊國屋書店
さて、リファレンスの実際として、まず多角的に対象を概観することが必要であろう。どこに、拾い物があるか分からないからである。そして、徐々に研究対象が絞れてきたら、著者名をチェックする。研究書は当然、研究者自身が書いていることが多いので、その研究者自身の研究動向を確認するのである。そして、単行本から、紀要などの研究論文へと読み進む。また洋書について言えば、その過程で、参考文献や注を参考にピックアップしていけばよい。
研究分野によれば、穴場的な所もないとは言えないが、結構、誰かがやっていることのほうが多い。だから、自分の問題意識が出発点であることは、当然であるが、先達の業績は、極力目を通すようにしなければならないし、それが礼儀でもあろう。
さて、資料が集まってくると、その整理という問題が生じてくる。以下にポイントのみ列挙する。
本の整理
①自分の蔵書については、関連分野の本は近くにまとめて置いておく。そして、一覧できるように、特定分野に限っての、蔵書リストを作製する。これは二度買いを防ぐためである。欲張って、全ての蔵書を書き込んでしまったら、まったく利用価値が無くなってしまうので注意されたい。以下の目録も、その手段によって作られた。
②書籍整理にカードを利用する場合、原則的に自分の持っていない本を中心にするべきである。以下に見本を掲げる。カードの大きさは、5*3インチカードが、手頃であろう。その大きさの図書整理カードも市販されている。
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例)・ 著者名 作製年月日 ・
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・ 書名(論文名) ・
・ ・
・ (出典雑誌) ・
・ 出版社 (総ページ数)・
・ 出版年(月日) (定価) ・
・ (ISBN) ・
・*図書館名 分類番号/蔵書番号 ・
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*一番下の欄に注目してほしい。この処置により、図書館の本も、自分のものとして、存分に使いこなすことが出来る。
図書の整理方法については、以下の本がある。
○日本図書館研究会編 『図書の目録と分類 改訂第11版』 日本図書館研究会 1989
論文の整理
実際に論文を集める場合、コピーをとるという形になるが、ここで気を付けたいのはその大きさである。その大きさとして、A4版の大きさでコピーを取ることを勧める。すなわち、本の見開き2ページを、A4版1枚にコピーするのである。その理由として、単行本では、A5版(教科書サイズ)、B6版が多く、紀要等、雑誌では、B5版かA5版が多いからである。つまり、どの大きさからでも、比較的スムーズに大きさを変える事が出来て、整理の段階ではA4版のままでも、ボックスファイルに入れる事ができ、2つ折にして製本すれば、A5版という手頃な大きさになるからである。
論文のリストについては、著者名ごとに、ルーズリーフを作り、論文名、出典名、出版年次を控えるようにすれば、すぐに一覧できる。
以上、簡単ではあるが、リファレンスに役立ちそうな文献等の、紹介をしてみた。是非、自分の技術として使いこなしてほしい。
3. 第三部に関する文献案内とその補足
分類方法については、「1.はしがき」を参照していただきたい。
目録類は、<その他>の中の、事典、目録という項目で一括した。これらの他に、あと若干の専門の目録があるので、以下に列挙する。
○アジア経済研究所編『中近東関係資料総合目録』 アジア経済研究所1965
○長場紘編『中東-北アフリカ関係雑誌記事索引』 アジア経済研究所1978
○菊地忠純『中世イスラム時代アラビア語文書資料研究資料目録(1)』アラブ語センター 1987
○アジア経済研究所編『アジア経済研究所所蔵アラビア語文献目録 1988、12月末現在』 アジア経済研究所 1989
○「東アラブにおける社会変容の諸側面」研究会編 『東アラブ近現代史研究』 アジア経済研究所 1989
最も網羅的な目録は、国内の研究状況に関しては、「1.はしがき」ですでに触れた1992年に発行される予定の、『日本における中東・イスラーム関連研究文献目録』となる事は間違いない。ただ、1988年のいわゆる昭和年間までとなる予定である。この手のものとしては、すでに『日本におけるアラブ研究文献目録』があるが、配列が、発行年代順での著者名順となっており、実際には著者名が分からないと使えない。現在においては、『中東地域の生活用品と関係図書目録』は、NDCによって、『中近東文化センター蔵書目録No,3 1987和書』が、独自の分類によって配列されている点で、最も利用価値が高い。
事典類として、以下のものも補っておく。
○前嶋信次他編『シルクロード事典』 芙蓉書房 1975
○伊東俊太郎他編著『現代イスラム小辞典』 エッソ石油広報部 1986
○片倉もとこ他編著『現代イスラム小辞典』 エッソ石油広報部 1987
西洋史関係の文献案内、事典類も見逃せない。
○前沢信行他編『文献解説ヨーロッパの成立』 南窓社 1981
○西川正雄編『ドイツ史研究入門』 東京大学出版会 1984
○ホーデン,G/掘越孝一監訳『西洋騎士道事典』 原書房 1991
文献案内については、特に、講座イスラム4『イスラム・価値と象徴』の巻末の「文献案内」が、最も手頃でかつ網羅的であろう。なお、一部においても文献案内の充実しているものは特筆してあるので、そちらも参照されたい。
外国語の辞書については、非売品であるが、大阪外国語大学生協刊の『辞書の紹介』が、もっともアップ・ツー・デイトである。同『新入生に薦めるこの十冊』も、レベルが高い。いずれも、大阪外大の大学院生、教員が分担して執筆しており、前者については、28種類もの世界の言語を掲載している。
雑誌の特集については、別記してまとめ、さらに巻号も明記して、実際に図書館で調べれるようにした。なお、『包PAO』は、音楽雑誌である。
情報誌は一例に過ぎない。別に、関連雑誌一覧を付けたので、そちらも参考にしてほしい。
単行本で、特記したいものを列挙すると、イスラームの世界史における位置付けに関して飯塚浩二の一連の作品がおもしろい。なお、彼には平凡社から全集が出ている。歴史のおもしろさを語ったものとしては、前嶋『東西文化交流の諸相』がよいであろう。
文庫本においては、前嶋『サラセン文化』と蒲生『イラン文化』が上げられる。いづれも絶版であるが、これほどコンパクトで内容の濃い本というもの珍しい。他文庫での、再刊を願ってやまない。川真田『アラビア物語』は、エジプトの「みどりの文庫」という絵本のシリーズを翻訳したもので、原典も比較的手に入りやすい。
新書本で、題名が紛らわしい本の内容をいうと、小田『歴史の転換のなかで』は、パレスチナ問題を扱ったものである。また、原『集落への旅』は、地中海沿岸の集落の実地調査に基づくもので、北アフリカや、トルコ、イランの都市も取り上げられている。また、前嶋『アラビアの医術』、『アラビアンナイトの世界』、そして矢島『アラビア科学の話』は、いずれも、コンパクトにアラビア文化を扱っている点で貴重である。
あと、近年、話題になっているイスラーム都市についての本を上げる。都市のハードそのものを扱ったものとして以下の本が上げられる。
○ハキーム,S/佐藤次高監訳『イスラーム都市-アラブのまちづくりの原理』 第三書館 1990
○陣内秀信『都市を読む イタリア』 法政大学出版局 1988
○岡野忠幸『シルクロード建築考』 東京美術選書 1983
イスラーム都市研究そのものの動向を探るものとして、羽田他『イスラム都市研究』を上げておく。
以上、目録に載っていないものを、若干補う形で文献案内を付けた。一部とニ部で出てくる本を全て三部に掲載したわけではないので、それぞれ、お互いに相補うものとして、いわば、全体でひとつの文献案内となっていることをよろしくご了承されたい。本目録自体は、完全ではないが、有機的に利用することによって、かなりの量の資料にアクセスできると思う。