今年の最大の論点「 最後の決闘裁判」 時代と価値観と不平等と
まぁ~~~~~とにかくここ数年で感想を話すだけで骨が折れる
「最後の決闘裁判」
まず周囲の目とか、よき人でいたい。とか一切を抜きにして
最初に感じたのは「描き方が平坦でない」ということ
カルージュの視点ではカルージュの良いように
ル・グリの視点ではル・グリの良いように
ここでなるほどと、それぞれが自分のいいように解釈してると
じゃあマルグリットの視点ではどう自分本位な部分が見えてくるのか。というのを楽しみしてた。
(という言い方をすると「マルグリットにも悪い部分があったように描いて欲しかった」という捉え方をされそうなので先に潰しておく)
でもそこはなく、マルグリットがただただ不憫な辛い話で
それは知ってると
その上で、マルグリットは彼女なりに自分に都合の良い視点を見せた上で、あの結末であればとても良かったけど
結局これだと「男は自分に都合のいいように事実を捻じ曲げる」
と、現代の男女間を諍いを生むだけになってしまっているのが気になった
(もしマルグリット視点で自分に都合の良い視点がちゃんとあって、見逃してたらごめんなさい)
人体の構造上、オスのほうが筋力があって、戦争ばかりであれば
それは男が支配し、女が資産、トロフィー化して、女性は声も上げられない
というのは周知であって
じゃあその時代の男が全て悪かったのか。というとそれも違って
肉体による価値観の比重が高い時代であれば、それが常識として、そもそも女性を資産、トロフィー視することが悪ではない。
というのが、当時の価値観であって
憎むべきは、男をそうさせた野蛮な時代であって
肉体による価値観の比重が下がっている 今だからこそ
この時代、女性が声をあげることができ、今社会の潮流になっているわけで
もちろんまだ前時代的な、もう聞くだけで行き場のない拳を振り上げてしまうような
男が女に対して行ない、声も上げられない痛ましい事例は今なおあって
それは決して無くなることはないし、平等は人間が人間である以上訪れない
またその逆に、女性が男性に対して行われ、声も上げられない痛ましい事例もある
こういう話をすると、どれどれの方が数が多いって話になるし、その通りだと思うんだけど
じゃあ「最後の決闘裁判」で最初に抱いた違和感である
「時代とか価値観じゃなく”男”が悪なのか?」という居心地の悪さは
女性が受けてきた居心地の悪さを
ただそのまま”やり返す”形にも感じて
結局どちらも平等な描き方で、唾棄すべき過去の価値観から脱しよう
というのは現状「Hidden Figures」しかないのかと肩を落とした
ただ映画というエンターテインメントとしては楽しく見れたし
最後の史実から大きく飛躍した虚しい決闘のアクションや
その後の凱旋のマルグリットの疲れ、呆れ果てた虚無の表情は
本当に素晴らしかった
もし「そこは違う!」とコメントを残したり拡散する場合
優しく、憎しみなくお願いします
今、世界の価値観は少しずつ、少しずつ良くなっていこうとしているのだから....
追記:カルージュのあの感じは現在80代のThe老害の祖父に非常に良く似ていて、本当に吐き気がするほど嫌いで、しんどかったです
あと補足しておくと、あのクソ姑ババアとか、「イケメンだと言ってた」と告発した女が描かれてたように
なにも女性だけは悪く描かれてない!というわけではなく、3人の主人公という点において「公平じゃない」という意味合いでした