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花嫁の船出 10の途中からの加筆部分 4

「さようですな…」司祭はちょっと思案顔になる。「実は、先ほどオソリオ司教Bishop Osorioからもお話しがあったのですが、ここアントウェルペンは、姫君のような敬虔なクリスチャンに長逗留していただけるような街とはいいがたいところでしてな、ずっとブルゴーニュ家からのご連絡を待たれるにはふさわしくないかとも存じます」
フアナはもの問いたげな面持ちで、ハエン司教Bishop of Jaénであり兄フアンの礼拝牧師chaplain mayorでもある使節団長ルイス・オソリオLuis Osorioの方を振り返る。

「畏れ入ります」オソリオはやや恐縮の体だ。「前もって姫君にご相談すべきかとも思ったのですが…」
「いえ、気になさらないで」フアナは鷹揚に言ってのける。「私もそれはうすうす感じておりました。この地は世界各国から船乗りや商人がやってくる港町、実にさまざまな種類の人たちがいて、常識やモラルもいろいろなのですね」
「おっしゃる通りでございます」司祭は我が意を得たりといった面持ち、諧謔的な口調で応じる。「諸国からやってくる人々だけでなく、地元民たちのなかにもあきれ返るような素行の者たちが少なくありません。ことに明日あたりは週末でもあることですし、例によって酔っ払いが深夜まで騒ぐことになるでしょう」

「僭越ながら…」いつの間にか司祭の背後に立っていた市長が文字通り身を縮めるようにして口をはさむ。「それにつきましては、市当局の方で荷馬車を出して酔っ払いどもを集め、それぞれの家に送り届けておりますが、明日はその時刻を早めますゆえ、ご迷惑のほども少しは軽減できるかと…」
「あら…」さすがのフアナも呆れ顔だ。「荷馬車…ですか?」
「はい、何十人と積める大きな荷馬車にございます」市長、まるで自慢でもするかのように明るく言う。「なに、ご心配には及びません。翌日になって素面に戻ればちゃんと罰金を支払いにくるような善良なる市民ばかりでして、酔っぱらったからといって刃傷沙汰になるようなことも滅多にございませんから」
それを聞かされたフアナの顔は、ますます茫然たる表情になる。

「…とまあ、こういう土地なのでございます」司祭がその場の妙な空気をとりつくろうように言う。「今後、さまざまな風紀の乱れが、お目やお耳を汚すことになるかとも存じますが、どうかご寛容のほどを」
「…わかりました」とはいえ、まだ十六歳、しかも本来は内向的で生真面目なフアナにとって、すぐに乗り越えられるような軽いカルチャーショックではなかった。「パレードの予定が明後日ということですので、差支えなければ今夜と明日の夜まで、こちらでお世話になりたいと思います。ただ、それ以後は…」

「さよう、その点につきましても、私に考えがございます」司祭は穏やかに言う。「ここから南東に十キロほど行ったところにリールLierという街がございます」
「ああ、存じております」フアナの表情が少し明るくなる。「聖グラマス教会Saint Gummarus Churchがあるところですね?」
「おお、よくご存じで!」司祭は王女の知識の深さに改めて驚いた様子だ。「まさにその教会にご滞在なさってはいかがかと。あそこでしたら、街も穏やかですし、静かにお過ごしになれるでしょう」
「それは願ったりかなったりですわ」フアナは無邪気に喜ぶ。「ぜひそのように取り計らってください」
「承知しました」司祭は優雅に一礼する。「さっそく使いの者を送っておきますので、ご都合の宜しい日にあちらにいらしてくださればと存じます」

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ジーン大門
映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。