花嫁の飛翔 7
「ずいぶん時間がかかりそうだな、乾くまでには」フェリペは冗談めかして独り言のように呟く。「しかし、ま、致し方ない…。どうぞそのように願います」
院長はフェリペをサロンへと案内した。そして、応接係のベギンたちに、部屋着や食事を用意してフェリペ公に提供するように指示したうえで、いったん自室に戻ってからフアナの部屋へと急いだ。
「ジョアンナ、ついにその時が訪れましたよ」院長は、特に親しく話すときには、フアナをそう呼ぶようになっていた。「さあ、支度をはじめましょう」
「なにの…支度でしょうか?」事情を知らないフアナは、きょとんとするばかりだ。
「あなたのために用意してたものがあるの」院長は自室から抱え持ってきた大きな包みを差し出した。「どうぞ開けてごらんなさい」
フアナはそれをベッドの上にもっていって開いてみた。それは、サロン着salon garment一式だった。しかも、これまでフアナが身に着けたこともない華やかで女っぽいデザインだ。
「実はそれ、あなたがここから出立なさるときの餞別として買っておいたものなの」まるで母親のような口調だった。「こんなに早くお渡しすることになるなんて思ってもいなかったわ」
「ありがとう」フアナの目が少しうるんでいた。「ありがとうございます」
「もしもこれが正式の顔合わせだったとしたら、いきなりサロン着で出てゆくなんて礼儀に反することですけど、今夜の出逢いはあくまでも私的な、いえ、内密の出逢い。そう、密会みたいなものよね」院長はいたずらっぽく微笑む。「だから、格式ばった衣装より、その方がずっとふさわしいと思うんだけど、どうかしら?」
「あ…、はい」初めての、しかもいきなりのことなので、フアナはどう答えていいのやらわからない様子だった。
「あなたたち二人だけで逢うのだから、誰に遠慮することもないわ。さあ、リハーサルよ。身に着けてごらんなさい。手伝いましょうか?」
「あ…、はい…」
生れてこの方自分ひとりで着付けをするなどということは一度もなかった深窓のプリンセスのこと、ほとんど院長のなすがままに衣服を脱がされ、新しいサロン着を着せられた。
「あら、すごい!」院長は、その出来栄えに手を打って喜ぶ。「完璧だわ!」
「あ、はい…」なにが完璧なのやらわからないまま相槌を打つ。
「いいこと、殿方は最初の印象で燃え上がりもし、冷めもするのよ。フランドルの殿方たちは、女の色香に弱いの。特にお胸の色香にね。ああ、本当に素晴らしい眺めだわ…」
「あ…、はい…」たとえ女同士とはいえ、自分の体をそんなにまじまじと見られるのは恥ずかしくてたまらなさそうだった。しかも、その衣装の胸繰りが深いため、はちきれそうな乳房が上部の半分近くも露出しているのだからなおさらだった。
しかし、フランドル地方のみならず、世界各地の王族の風習として、豊満な胸をさらけ出すのは、高貴な若い女性のたしなみでもあった。少なくとも宮廷で胸を隠すのは、むしろ下々の女たちの義務のようなものだったのである。