王子の中庭 5
「そんなことないわ」マリアは微笑みながら頭を振る。「私こそ、二十歳にもなっていながら、そんな推察もしてあげられなくてごめなさい。予定を過ぎてもなかなかブリュッセルにお見えにならないことをただただ心配するばかりで…。あのときも、お義母様がこう言ってくだすったのよ。『ねえ、マリア。今のうちに、あなたの持参金を差し上げておいてはいかが? マクシミリアンにとっても、決して邪魔になるものでもないでしょうから』ってね。今でもはっきり覚えているけど、それを聞いた時、私は改めてお義母様の深い洞察力に心から敬服したものだったわ」
「私も、あの方は本当に深い思いやりと知恵を兼ね備えたありがたい人だと思うよ」マックスも深くうなずく。「ケルンに立ち往生していた私のもとにブルゴーニュ公国からの特使がやってきて、大枚の金子が差し出されたとき、私は涙が出そうになったほどだった。配下の者たちも、感激のあまり嗚咽していたよ。そうして、側近たちがさっそくケルンの武具商人から最高の銀の甲冑を手に入れてきてくれたのだが、それを身に着けてみたとき一気に力が満ち溢れてくるようだったよ」
「ああ、あの甲冑姿!」マリアは両手を合わせて天を見上げる。「あの銀色の甲冑に身を固めて白馬にまたがったあなたを見たとき、私は天にも昇る気持ちだったわ。だって、子供のころから何度も読み返していた、あのブラバントのローエングリンそのままの勇姿だったんですもの」
「わあ!白馬の騎士ローエングリン?」マルガレーテもうっとりと父親を見上げる。「すてき!」
「でも、喜んでばかりはいられなかったのよ」と、マリア。「ルイ十一世も、いつまでも婚約交渉に付き合ってくれるはずもなく、だんだんいらだってきていたようで、法外な交換条件を持ち出してきたのね。そうしてブルゴーニュ公国特使に対して、イエスかノーかの返答を迫ってきた。特使としては、最終的な回答は改めてとごまかして逃げ帰ってくるしかなかった。そうなると、後は武力行使のみ。ルイ十一世というのはそういう人だったのよ」
「そうだね、平気で不当な要求をする人物だ」マックスも表情を硬くする。「ブルゴーニュという繁栄の極みにある公国をそっくりそのまま乗っ取ろうという腹は見え透いていた。圧倒的な軍事力を笠に着て、強引に我意を通そうとする輩さ。だが、いざ敵陣に向かってみると、軍の戦意は意外にも弱かった。おそらくあの王様の人望の薄さゆえのことだろうね」
「それに比べて、マックスは配下の皆から心底敬われ親しまれていたのね。マキシミリオン様のためなら身命を賭して戦うぞという人たちばかり。まさに一騎当千、あれよあれよという間にフランス軍を後退させていったの。その報せが宮殿に届くたびに、私とお義母様とは抱き合って喜んだものだったわ」
映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。