マデイラ島の伝説 2
「この島を発見したのは、ポルトガル人じゃないって、知ってた?」
「いや、知らなかった」クリストバルはフェリパの方を見る。「そうなんだ?」
「ええ、実はエドワード三世の時代に、英国人たちがここに漂着したらしいの」
「このマデイラ諸島の存在そのものについては、すでにローマ時代から知られていたとは聞いているけど…」
「そう。そうして、エンリケ航海王子の命を受けた探検家ジョアン・ゴンサルヴェス・ザルコが、1419年に再発見したわけだけど、そのときすでにこのマデイラ島の位置や、深い森林に覆われて動植物も多い自然豊かな島だってことは、その英国人たちから聞かされていたんだって」
「エンリケ王子が?」
「そう。ただ、王子が直接聞いたわけじゃなくて、フアン・デ・モラレスJuan de Moralesと名乗るスペイン人の船長が、ムーア人に捕まって投獄されてたとき、監獄で一緒になった彼らから聞いたそうよ。そして、釈放後にエンリケ王子に伝えたのね」
「つまり、その英国人たちもムーア人に捕まっていたわけだ?」
「そう。この島から脱出して海に漕ぎ出し、やがてモロッコの海岸に打ち上げられたときにね」
「そうか…」クリストバルは、あのアルガルヴェ沿岸での自らの体験を重ねてみる。「俺は幸運だった…」
「確かに」フェリパは穏やかに微笑む。「その点、彼らは不運続きだったみたい。というより、運命に逆らい続けて負けたって感じかも」
「というと?」
「そもそも彼らがこの島に漂着する羽目になった発端は、アン・ドーセット、またはドーリーと呼ばれる女性を誘拐することだったらしいの」
「人身売買?」
「いいえ」フェリパはクリストバルの目を見つめて頭を振る。「これはね、悲恋物語なの」
「悲恋物語? ドーリーと彼らとの?」自分で言っておきながらつい噴き出してしまう。「まさか」
「ええ、お相手はロバート・マッシンという青年よ。でも、彼はドーリーよりも低い身分なので、彼女の両親や血縁者たちは二人の恋を快く思ってはいなかった。そこで、彼に無実の罪を着せて投獄させておいて、その間にブリストル海岸の城に住む貴族の男と強制的に結婚させたの」
「ありそうな話だな。それで誘拐という強硬手段に出ることにしたんだ?」
「そう。ロバートの親友の一人が、花嫁の付き添い役をつとめたんだけど、ドーリーはとっても悲し気で、このままロバートと離れ離れになれば、さらに恋焦がれて病気になってしまいそうな様子だったの」