魂のバガボンド 3
男はまたもや巧みなペン捌きで架空の生き物を描き出す。今度は、最初の絵よりも、もっと独自でありながら、無理やり組み合わせたような不自然さがないキマイラだった。しかも、つい笑ってしまうほど、可笑しな味わいをもっていた。
「これはレオと俺との合作でね、俺は『二人でこういうシリーズを売り出そうぜ』と言ったんだ」男は肩をすくめて深くため息する。「ところが驚いたことに、あいつ、急に人が変わったように冷ややかな顔して首を横に振るじゃねえか。『お遊びはもうやめることにしたんだ』ってね…」
「ふうん…」イェルンは、そのカモノハシを思わせる珍獣の絵をしげしげと眺めながら独り言ちる。「いいと思いますけどね…」
「な、そうだろ?」男は勢いづく。「あんたならわかってくれるって思ってたよ。スケッチしてるときのあんたがオブジェに注ぐ目は温かい。その点、レオとは大違いだ」
「というと?」
「うむ、やつが絵を描いているときは、オブジェの裏の裏まで見抜こうとしてる。そうさな、たとえて言えば、鋭いナイフみたいな目をしてるんだ。触れるとひやりと冷たい刃物みたいな目さ」
「ほう…」イェルンは男の目をのぞき込む。
「どうかしたかい?」男は怪訝そうに訊ねる。
「いや、あなたの目はどんなかなと思って…」
「わっはっは!」男は豪快に笑う。「どんな目をしてる、俺は?」
イェルンはペン先をインク壺に浸し、スケッチブックにさらさらっと男の顔を描きだす。
「おお、なんと意地悪そうな目つきをしていることか!」男は腹を抱えて苦しそうに笑う。「なんてこったい! 俺は悪夢でも見てるのかな?」
イェルンは男の異様なまでの可笑しがりぶりを、ちょっと不思議そうに眺めていた。
「いや、まいったまいった」男はようやく笑い止んで呼吸を整える。「あんたのその絵とよく似た顔を、レオも描いてたのさ。それを思い出して、笑いがとまらなくなっちまった。あいつ、フィレンツェの街中をうろついては、奇妙な顔した通行人をじっくり観察してスケッチしてたんだ。そのなかに、ちょうどそんなふうな意地悪な目つきをした中年男の顔のクロッキーがあったんだよ」
そんなふうに楽し気に会話を交わしている二人の周りには、いつの間にか人垣ができていた。ただし、それは乞食たちの人垣だった。彼らの目からすると、イェロンと並んで陽気に喋り散らしている男は仲間の一種と映ったとしてもおかしくないような風体だったのだ。
「おやおやおやおや」男はようやく自分たちを取り巻く乞食たちの存在に気づいたようだった。「俺たちゃ、お前らみたいな見世物じゃねえよ。あっちへ行った、行った!」
だが、乞食たちは男の声なんて聞こえないような様子で、男の顔とスケッチブックとを見比べている。そしてしきりと頭を振ったりため息したり、傍の仲間と顔を見合わせたりしている。
「おめえらも、この絵の出来に感心してるのかい?」男は語気を弱めて親し気に問いかける。
乞食たちは一斉に大きくうなずく。
「おめえらも描いてもらいたいんじゃねえのかい?」
するとまた、彼らは大きくうなずく。
「にいさん」男はイェルンに向かってなれなれしく言う。「描いてやんなせえ。きっと、にいさんにとっても結構なエスキースになりますぜ」
映像プロモーションの原作として連載中。映画・アニメの他、漫画化ご希望の方はご連絡ください。参考画像ファイル集あり。なお、本小説は、大航海時代の歴史資料(日・英・西・伊・蘭・葡・仏など各国語)に基づきつつ、独自の資料解釈や新仮説も採用しています。