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相笠 昌義「見る人」を考察(傑作絵画)


はじめに:絵画「見る人」とは?

この絵画に描かれた人たちは、何を見ているのだろう。何を見たいのだろう。そして、その見る人たちの鑑賞者である私が、日々の生活や人生の中で、見たい物事はなんだろう。

そんな問いかけを与える絵画作品が、この相笠 昌義(あいがさ まさよし)の「見る人」(油彩6号・1972年作)だ。

「見る人」油彩6号・1972年

類似した構図で同じ1972年の作品である50号の「みる人」は、東京オペラシティアートギャラリーの美術館に収蔵されている。

「みる人」油彩50号・1972年(東京オペラシティアートギャラリー蔵)

私は、上記の「見る人」油彩6号の作品を絵画を販売する古物商から個人で入手し、現在は、自宅の部屋にこの作品を飾っている。

「見る人」に込められた哲学的な問いかけ

相笠昌義の「見る人」は、絵の中に見る対象が描かれていないため、鑑賞者に「彼らが何を見ているのか?」を想像させる。これは、鑑賞者に自分自身が「何を見たいのか?」や「何に価値を見出しているのか?」と問いかける、哲学的なメッセージを持っているように感じる。

この作品に登場する人たちは、それぞれ異なる姿勢や視線で空白の壁を見つめている。彼らの視線が固定されている対象がないことで、鑑賞者に「自分ならここに何を見たいのか?」という問いかけが生まれる。現実社会の中で、我々が無意識に追い求めているものや、見落としているものについての考えを促すのではないだろうか。

また、1972年という制作年も興味深い。この時期は日本が高度経済成長を経て、物質的な豊かさが広がっていた時代だが、同時に人々の心の豊かさや精神的な価値が問われ始めていた時代でもある。この絵は、その時代背景を反映して、人々が「自分は何を見つめ、何を追い求めるべきか?」という内省を促す意図が込められているのかもしれない。

つまり、「見る人」は鑑賞者に対し、現実の中で自分が本当に望んでいるものや、人生において重要視したい価値を見つめ直すための鏡のような役割を果たしている作品だと言えるだろう。


また上記の考察とは別に、もう一つの考察も存在する。
孤独感や疎外感の描写だとする考察だ。

「見る人」はエドワード・ホッパーの「ナイトホークス」のように、鑑賞者それぞれの孤独を反映した作品としても捉えられるかもしれない。ホッパーの作品が持つ孤独感や疎外感は、現代社会での人間関係の希薄さや、誰もが抱える心の空虚さを表現しており、「見る人」にも似た静けさと内省的な空間が広がっている。

エドワード・ホッパー「ナイトホークス」(油彩・1942年・シカゴ美術館蔵 )

「見る人」では、無機質な壁の前に立つ人々が、それぞれ孤立しているようにも見える。彼らの視線は交差せず、互いに無関心であるように感じられるため、孤独や自己との対話をテーマにしていると捉えることも十分に可能だ。これは、現代社会で他者と繋がりを持ちながらも、心の奥では孤独を感じている多くの人々の姿を象徴しているとも考えられる。

6号と50号の違いについて

「見る人」油彩6号・1972年と、「みる人」油彩50号・1972年(東京オペラシティアートギャラリー蔵)の主な違いは、「見る人」油彩6号・1972年は一つのスポットライトが、一人が見る対象を照らしているのに対し、「みる人」油彩50号・1972年は蛍光灯で複数人が見る対象を照らしている点にある。つまり、個がそれぞれ異なる対象を見る姿を描写したのが「見る人」油彩6号・1972年、集団が共通の対象を見る姿を描写したのが「みる人」油彩50号・1972年だと考えられる。

「見る人」油彩6号・1972年
「みる人」油彩50号・1972年(東京オペラシティアートギャラリー蔵)

上記2作品のどちらが先に描かれたかは定かではないが、推測は「見る人」6号が先の作品だと思われる。

一般的に、アーティストは小さなキャンバスで最初に構図やテーマを試し、それをもとに大きな作品を制作することがよくある。また、「みる」という表記に変化があることからも、相笠が最初に漢字表記の「見る人」で意図を固め、その後に「みる人」や「~をみる人」シリーズでひらがな表記に切り替えたと考えられる。

「見る人」6号の額縁の裏には日動画廊の販売シールがあり、キャンバス裏には「1972-Ⅵ」と記載がある。Ⅵがその年度の制作順番を表している場合、東京オペラシティアートギャラリー蔵の「みる人」50号のキャンバス裏に、このⅥよりも後の数字が表記されていれば、仮説は立証される。

「見る人」6号の署名・販売シール


相笠昌義について

相笠 昌義は、1939年に誕生した洋画家かつ版画家である。「日常生活」をテーマに家族、子どもたち、海外の街角、観光地など、新たな視点を取り入れつつ、卓越した観察眼と徹底したリアリズムで現代社会に生きるさまざまな人間模様を描き続けている。

相笠 昌義の作品には「~をみる人」というタイトルの作品が目立つ。1972年の作品である、人々が壁を眺めている「見る人」を皮切りに、その後次々と「~をみる人」の作品が生まれた。動物園では「ゴリラをみる人」「ゾウをみる人」「オランウータンをみる人」などが描かれ、他にも「富士をみる人」「金閣寺をみる人」「ピラミッドをみる人」などが描かれている。


結び:「見る人」を通して自分を見つめ直す

「見る人」に描かれた人たちは、何を見ているのだろう。何を見たいのだろう。そして、その見る人たちの鑑賞者である貴方は、日々の生活や人生の中で、見たい物事はなんだろう。

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