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個々人と組織そのものをリフレームし再定義する──YAU SALON vol.27「『be Unique.』──コクヨの考える働き方とクリエイティブ」レポート
2024年7月10日夜、国際ビル1階のオルタナティブスペース「YAU CENTER」を会場に、YAU SALON vol.27「『be Unique.』──コクヨの考える働き方とクリエイティブ」が開催された。
都市とアートにまつわるテーマを設定し、アートと社会、経済の接点となるべく開催されてきたYAUのトークシリーズ「YAU SALON」。第27回となる今回は、「be Unique.」を企業理念に掲げ、文具や事務機器、オフィス家具の製造・販売やオフィス空間の設計施工を通して、新しい働き方を提案してきたコクヨ株式会社(以下、コクヨ)の実践を紐解くべく、ゲストとして竹本佳嗣氏(経営企画本部 イノベーションセンター クリエイティブディレクター)と安永哲郎氏(経営企画本部 クリエイティブセンター)が登壇した。
国内のコワーキングスペースの先駆け的な存在として知られる渋谷ヒカリエ「Creative Lounge MOV」にはじまり、近年は、インハウス・デザインコレクティヴ「YOHAK DESIGN STUDIO」がプロデュースし、ものごとについて考える、発見と体験の場「THINK OF THINGS」や、ワーク&ライフ開放区を謳う「THE CAMPUS」、プロトタイプする暮らしを志向する「THE CAMPUS FLATS TOGOSHI」など、実験的な場を開いているコクヨ。創業から120周年を迎える歴史を持ちながら、既存の概念にとらわれない場のかたちやライフスタイルの提案を行う彼らのクリエイティブはどのように生み出されているのか。働き方の多様化が進む今日、あらためてコクヨの実践を探った。
イベント当日の模様を、「編集」という営みを基点に、リサーチや企画立案、取材執筆、キュレーションや場所づくりなど、フィールドを横断した幅広い活動を行う編集者の西山萌がレポートする。
文=西山萌(編集者)
写真=Tokyo Tender Table
ものづくりの企業から、暮らしや体験へ包括的に関わる企業へ
トーク冒頭では、コクヨの経営企画本部 クリエイティブセンターでコンセプトデザインやコンテンツディレクションを手掛けてきた安永氏が、2021年に行われた企業理念刷新の背景について紹介した。
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来年で開業から120周年を迎えるコクヨ。その始まりは1905年、帳簿の表紙を作る会社として開業したことに遡る。以来、正しく100枚の帳簿をつくるという当時におけるイノベーションを起こし、文具事業を開始。その後も書類を仕舞うキャビネットからオフィス家具へと事業を拡大、家具を置くオフィス空間の提案も行うように。2000年にはオフィスサプライの通販事業を開始し、近年ではアジアを中心にグローバルな展開も盛んになってきている。
2021年には、商品を通じて顧客の役に立つことを掲げていたものづくりや製造業に軸足を置いた企業から、人々の暮らしや体験に包括的に関わる企業へと活動の方向を更新すべく、企業理念を『be Unique.』に刷新した。「コクヨは、創造性を刺激し続け、世の中の個性を輝かせる」というタグラインにもある通り、目指しているのは「自律協働社会」だ。「一人ひとりが自分らしさを持って生き生きとしながらも、そこから新しい協働が生まれ、社会そのものがユニークな価値をつくっていく。そんな社会を目指し、ワクワクしていく未来をヨコク(=予告)していくのが自分たちのミッション」だと安永氏は語る。
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とくに安永氏自身もディレクションを手がけ、ものづくりというよりも場や体験、人がどのようにコミュニケーションしていくのかを設計した事例が、コクヨのインハウス・デザインコレクティヴYOHAK DESIGN STUDIOがプロデュースした、東京・千駄ヶ谷にあるショップ&カフェ「THINK OF THINGS」だ。
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「BEYOND STANDARDS」をコンセプトに、一人ひとりが自分らしい価値観のアップデートを求め続ける/問い続ける理想のライフスタイルを提案。「理に叶うFunction(機能)」「創造性を刺激するInspiration(ひらめき)」「想像を促すQuestion(問いかけ)」の3つの視点から、ものごとの価値を再定義するプロジェクトとして、既製品の再解釈、さまざまなジャンルのブランドとのコラボレーションなどを企画し、商品を制作・販売している。専門性の高い道具や業務用品、工業マテリアルをリサーチし、世の中の創意工夫にまつわるアイデアや道具を独自の視点で再編集・発信している。
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ライフスタイルの延長線上で働くことをとらえ直す
「THINK OF THINGS」の開業を皮切りに、ものを作り顧客に届けて終わりではなく、その先の使い方、暮らし方、働き方を共に考えていくということを態度として表明し始めたコクヨが、2021年に開業したのが「働く・暮らす・学ぶ」の実験場「THE CAMPUS」(東京・品川)だ。
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コロナ禍を経て、そもそもオフィスはいらないのではないかという問いを発端とし、「オフィス」の意義そのものをとらえ直すことから、築40年、地上11階建てと5階建ての二棟からなる品川の自社ビルの改修プロジェクトとしてスタート。建物の中心部にあった受付をなくし、階段や橋、通路などにさまざまな穴を開けて空間をつなげ、オフィスビルの一部を開放。誰でも利用可能なパブリックエリアを新たに創設した。グリーンを230種類植えた公園やオープンなラウンジ、ショップ、コーヒースタンドなど、親しい仲間と語り合ったり、ゆったりと過ごせる街に開かれた環境を通して、多様で豊かな混ざり合いを生み出している。
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「ときには近所のおばあちゃんとおじいちゃんがクレープを買って食べる光景も見られるようになり、社員の服装もカジュアルに。働きに来るというよりも、人に会いに来ることが目的になり、組織を超えたつながりや協業できる仲間をつくることが可能になったと感じています。それまでの与えられた業務をこなすという姿勢から、ライフスタイルの延長線上で働くことをとらえ直すという姿勢が社員のなかでも育まれてきているのではないでしょうか」と安永氏は語る。
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いっぽう、緩やかにオフィスとライフスタイルをつなぐ試みであり、いまでは当たり前となったシェアオフィス、コワーキングスペースの先駆けとして竹本氏がディレクションを手がけたのが、2012年、「渋谷ヒカリエ8/」に開業した「Creative Lounge MOV」だ。
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オープン当時には、「シェアードワークラウンジ」としてオープン。国外からの観光客も多く、カルチャーの発信拠点となっていた渋谷という立地を活かし、外とのつながりで発想するオフィス、場所に依存しない働き方など現在のリモートワークの先駆けとなる働き方を提案した。スペースは、中央の100平方メートルのラウンジエリア、ミーティングルーム、24時間使用可能なレジデンスエリアで構成されている。
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開業時、チームで共有したのが「自分の家のリビングにあったら嫌なものは置かないようにするということ」だったという。街に開きながらも自分の家のような心地よさを感じられるかという点へ配慮したワークスペースは、今でも多くの人のニーズに応え日々様々な人が集う。
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そして、副業や社会貢献活動、学び直しなど、自己実現のために時間を使う人も増え、働き方や暮らし方がさらに多様化している昨今、「THE CAMPUS」の新展開としてオープンしたのが、品川の戸越にある生活実験型賃貸住宅&地域拠点である「THE CAMPUS FLATS TOGOSHI」だ。
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「いつかやりたかったことを気軽に試せる『プロトタイプする暮らし』」を謳い、次のライフステージを模索する大切な期間を提供することを掲げる。施設内には一日単位で自分だけのお店を開店できる飲食店営業許可付きの「スナック」や、ヨガ講師としてレッスンも開催できる「フィットネス」など、計8つの「スタジオ」を設置。地域住民や入居者の"実験"をサポートする仕組みだ。
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顕微鏡的な視点で執着して発見し価値につなげていく、誠実な変態集団として
後半では、モデレーターを務めたYAU運営メンバーの深井厚志や、会場からの質問を受け、ディスカッションが展開された。
まず深井が「120年の歴史、いままで積み上げてきたものがありながら、新たな企業理念を立てることになったきっかけはなんだったのでしょうか? なぜこれだけ大きな変化が起こせたのか?」という質問を投げかけた。
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安永氏によれば、コクヨは誰かのために役に立ちたいという思いに対して素直な集団性を持っており、ユーザーが潜在的に求めている物事に対して、顕微鏡的な視点で執着して発見し、価値につなげていくということがいろいろな商品やサービスを見ているとわかってくると語る。
一つひとつの文房具、たとえば針を使わないステープラーの発端は、飲食の現場でステープラーの針が食品に紛れ込むと事業そのものの致命傷になるという懸念にあった。あるいは、キャンパスノートの小さなグリッドは、東大生のノートを調査すると、水平垂直のグリッドに沿って書くことにより、思考が整理される傾向がわかってきたという分析の結果から開発された。オフィスにしても、働き方の違う企業一つひとつに対して、それぞれらしいオフィス空間をつくる。「こうしたことを一言で言い表すとしたら『誠実な変態集団』」なのではないかと安永氏。狙ってつくれるものでもなく、打算的になるとアラが出てしまう。自分たちが培ってきたものを否定することなく引き継ぎながら、個々人と組織そのものをリフレームし再定義することで未来に向かっていけるのではないかと考えていると話す。
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Art as Culture。ビジネスとアートの関係性におけるサードウェーブの到来
次に深井は、THE CAMPUSへのアート作品の設置や新入社員研修でアートを用いたワークショップを実施していることを例に挙げ、「コクヨという企業としてアート思考という言葉についてどのようにとらえているのか。また、アートはビジネスにつながると思うか」と質問した。
竹本氏は、アートは「自分で判断する力」を養うものなのではないかと回答する。既成概念にとらわれず、ものをゼロから発想することができるかどうか。相手がどのような考えを持っているのかと判断するリトマス試験紙がアートであり、コミュニケーションツールとして社員とアートを鑑賞する場を共にすることもあるという。
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いっぽう、安永は、昨今ビジネスとアートの関係のサードウェーブが来ているのではないかと述べた。美術作品に対する評価と、それを所有している企業の資産、評価を結びつけることによって、企業としての期待値を上げていくことにアートが用いられ、アートが権威的なものとして位置付けられたファーストウェーブを「Art as Asset」と表現するとすれば、セカンドウェーブとして、アート思考に見られるようなアートをビジネス加速の手段として利用する「Art as Tool」の潮流がある。そしてこれからサードウェーブとして訪れようとしているのが「Art as Culture」であると、安永氏は考察する。
「ビジネスそのものが生活の糧を得て生きるための手段という枠組みのなかから抜け出ない限りは、アートも役に『立つか立たないか』『道具として有用であるかどうか』という尺度の話に終始してしまうでしょう。いっぽうで、働くことと生活することの距離が近づいていくことが都市圏を中心に起こりつつあり、それぞれの人のパーソナリティや生きることの一部としてビジネスが存在するようになれば、アートとの接点はより多様なかたちで生まれてくるのではと思います」と安永氏。たとえば生活のなかにアートが存在することで「なんだこれ?」と立ち止まる人が集まり、「これはなんだろう、誰が何のためにつくったんだろう」と話し出す。そうした現象的なものとしてアートがビジネスのなかに介在してくると、ビジネスそのものも変容してくるのではないかと話す。
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集団としての自問自答を深めること。問いを立てるときに等身大であること
会場からはコクヨが120年の歴史を持つことを踏まえながら、長く引き継がれている事業も数多くあるなか、「新規事業が生まれるための仕組みがあるのかどうか。どのようなプロセスを経てコンセプトのデザインが生まれるのか」という質問が寄せられた。
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安永氏は、「コクヨは深く考える人が多い会社だなと思います。一つの言葉を決めるのにも、多くの人数と時間を費やして真摯に練り上げていく姿勢を持っている」と回答。一つの空間のコンセプトを考える際も、チームで何度も宿題として持ち帰り、ちょっとしたニュアンスの違いに対してひたすら向き合う。「集団としての自問自答がとても深い。設計者や開発者だけでなく、あらゆる関係者の思考の深め方が濃密だなと感じていて、そうした性格みたいなものの結果がアイデアとしてアウトプットされているのではないかなと思います」と話した。
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また、コンセプトを考える上で重視しているのは、問いを立てるときに飛躍しないことだという。「等身大であることを大事にする文化」が企業としてあると安永氏。THE CAMPUSを建てる際も、ビルそのものを売却する、全解体して新築として建てるなどさまざまな選択肢があるなかで、なぜ改築という方法が選ばれたのか。
コンセプトや方向性を定めるためにプロジェクトチームが行ったのは、オフィスビルを出て夜の街を散歩すること。ビルの中にいてもわからないので、外に出て街を知り、街からビルを見た時にどう見えるかを考えるという実践だったという。
安永氏はそうした実践を踏まえ、「街を歩いてみるまで、品川の港南口ってグレーのスーツを着た人たちがゾンビのような顔をして歩いている街だと思っていたのですが、実際に歩いてみると、夜の運河沿いでカップルがデートしていたり、コンビニの灯りで子どもたちがお父さんお母さんを待ちながら遊んでいたりする姿を目にするなど、生活の息吹が点々と感じられたんです。こうした街の光景にオフィスビルそのものが開いていくことが大切なのではないかと、プロジェクトメンバーのなかでモヤモヤしていたものが抜ける瞬間がありました。そうしたことに目をつける感覚を大事にしているのだと思います」と締め括った。
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製造業というフレームを超え、領域横断的に事業を展開しながらも、ただフィールドを拡張するのではなく、あくまで個々人の視点、軸足を確かめながら、地道に目の前の事象や物事を具体的に観察していく。当たり前のことに疑問を持ち、解きほぐしていく真摯な姿勢を持ちながらも、変化していくこと、変容させていくことを恐れないコクヨの姿勢は、今回テーマとしていた「アート思考」という言葉に収まることなく、また「働き方」という枠組みに止まることなく緩やかにビジネスとアートをつなぎ、ワークスタイルとライフスタイルを拡張しながらつないでいく一つの解を示しているように感じた。
トークで紹介されたプロジェクトはコクヨの取り組みの一端に過ぎないが、働き方がますます多様化していくこれからの社会において、これらの場所や取り組みがどのような進化を遂げるのか。今後さらに複合的になっていくだろうオフィスや生活空間はどのように変容していくのか。コクヨのリサーチと実践にこれからも注目したい。
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