企業だからできる、アートワーカーのキャリア支援のかたち——YAU SALON vol.22「東京都心の新アートセンター、BUGとは?」レポート
2024年2月28日夜、有楽町・国際ビル7階のYAU STUDIOを会場に、YAU SALON vol.22「東京都心の新アートセンター、BUGとは? その社会的意義から考える」が開催された。
「YAU SALON」は、毎回、都市とアートにまつわるテーマを設定し、多彩なジャンルのゲストと参加者とが意見を交わすYAUのトークシリーズだ。第22回は、このエリアに新しく誕生した、株式会社リクルートホールディングス(以下、リクルート)が運営するアートセンター「BUG(バグ)」から、責任者を務める花形照美がゲストとして登壇した。
BUGは、東京駅に直結するグラントウキョウサウスタワーの1階に2023年9月20日にオープン。リクルートが過去銀座で運営していたスペース「クリエイションギャラリーG8」「ガーディアン・ガーデン」での経験を活かし、とくにコンテンポラリーアートに関わる新進世代の支援に力を入れる。前身時代から同社社員として関わる花形が、BUGが目指すものや取り組みの背景について語った。
当日の模様を、アート関係の記事執筆を手がけるライターの近江ひかりがレポートする。
文=近江ひかり(ライター)
写真=Tokyo Tender Table
社会のなかに、荒削りな才能がキャリアを築ける場所をつくる
まずはBUGの設立に至る経緯として、花形が自身の活動と、リクルートのアート事業について紹介した。
花形は新卒でリクルートに入社し、2012年より同社が社会貢献事業として運営してきた「クリエイションギャラリーG8」「ガーディアン・ガーデン」の担当となった。以来10年以上にわたってアートに関わるなかで、BUGでの活動にもつながるひとつのモチベーションになってきたのは、若い世代のクリエイターたちの声だ。多くのビジネスマンと異なり、ハラスメントやコンプライアンスについて学ぶ機会がないままフリーランスとして活動する若手も少なくないと知り、「アーティストという職業がより受け入れられやすい社会のため、新たな場所づくりをしたい」と考えてきた。
就職、転職などの情報サービス事業を国内外で展開するリクルートが、ギャラリーを運営するに至ったのは、創業者の江副浩正氏が銀座に本社ビルを建設する際、近隣に本社とギャラリーを構える資生堂の元会長・福原義春氏から助言を受けたことによる。当時江副氏がグラフィックデザイナーの亀倉雄策氏と懇意にしていたこともあり、デザインを中心としたG8を設立。また、就職情報事業のため、大学生が集まりやすい渋谷に企画されたイベントスペースが、のちにガーディアン・ガーデンへと発展した。
同社が2021年にG8ビルを売却したことで、クリエイションギャラリーG8の存続ができなくなり、偶然見つかった現在の本社機能がある東京駅八重洲南口のグラントウキョウサウスタワー1階スペースの活用を花形が中心となって役員らに働きかけた。銀座の2か所のスペースを2023年8月に閉館し、その流れを汲みながら新しいアートセンターとして23年9月にBUGをオープンした。
天井高7メートルの開放感のある空間が特徴で、併設のカフェは東京・谷中を拠点に施設や店舗のプロデュースを手掛ける株式会社HAGISOが運営する。スペース名の「BUG」とは、「ハプニングが起こるような、不協和音も受け入れられる場所という意味。不可解にも見えるかもしれない荒削りな才能に賭ける場所としたい」という思いから命名された。花形によれば、それは同社の理念にも通じるもので「リクルートでは仕事を通じて世の中にどう貢献したいかよく議論する社風がある。なかでもバリューズ(大切にする価値観)のひとつ『個の尊重 / Bet on Passion』は、アートに携わる一人ひとりの情熱、キャリアを大切にする場所をつくりたいという思いに重なり、大事にしてきた」と語った。
アーティストから企画側まで。幅広いアートワーカーの支援のために
BUGでは、その活動にあたり、アーティストが全力で挑戦できるよう、3つの方針を掲げている。
1つ目は「ライフステージへの配慮」。例えば、子育て中のアーティストへの依頼に際しては、夜間イベント時のベビーシッター代補助などサポートを提供する。また、主催する「BUG Art Award」では年齢による応募制限を設けておらず、ブランクがある場合もチャンスを得やすくしたほか、審査会などで地方から参画する人には交通費を支給している。
2つ目は「適切なパートナーシップ」。報酬や契約、保険などについて透明化し、社内でも独立した契約内容を整備して、アーティストの権利を保障している。
そして、3つ目は「キャリアの支援」だ。アワードでアーティストの成長を支援することに加え、相談会やフィードバックなどでロールモデルとなる作家と接したり、同世代が切磋琢磨したりする機会をつくることに力を入れている。
すでに昨年9月のオープンから、作家支援につながる幅広い企画を展開してきた。こけら落としとなったのは、雨宮庸介による個展「雨宮宮雨と以」だ。ガーディアン・ガーデンでの「ひとつぼ展」グランプリ受賞(2000年)を経て、公益財団法人江副記念リクルート財団の支援を受け留学するなど、同社にとって縁の深いアーティストである雨宮は、BUGのスペースづくりにおけるプロジェクトメンバーとしても参画してきた。
また、インディペンデント・キュレーターの池田佳穂を招いての企画「バグスクール:うごかしてみる!」では、アーティストたちが作品を売るノウハウを学ぶ機会も設けた。第1回「BUG Art Award」では、約400件の応募から選ばれたファイナリスト6名がファイナリスト展を開催。会期中に開催された公開最終審査会でグランプリを受賞した向井ひかりは、1年後にBUGでの個展開催の権利を得た。
アーティスト以外のアートワーカーにも目配りを欠かさない。応募受付中の新企画「CRAWL」は、企画者に向けたオンラインプログラムだ。参加者にはメンターがつき、ミーティングを通じて企画をブラッシュアップしていく。花形は「最終的には審査会方式ではなく、みんなが納得するかたちで参加者の代表を選びたい。助成金の応募やプレゼンにも役立てるスキルを身につけてもらえれば」と展望を語り、選出された企画は来年の実現を見据える。企業の理念とも共鳴しながら、さまざまな立場でアートと関わる人と伴走するアートセンターとなっていきそうだ。
リクルートと「アート」という営みの親和性
後半は、モデレーターを務めたYAU運営メンバーの深井厚志や、会場からの質問を受け、ディスカッションが展開された。
まず深井が「母体が企業である点がBUGの特徴だが、企業活動のなかでの位置付けは?」と質問を投げかけた。
花形によれば、前身時代は経営陣と距離が近く、ビジネスマンとクリエイターが関係をつくる場でもあったという。とくにG8は著名デザイナーの仕事を取り上げることが多かったため、社員が作品を購入したり、オープニングなどを訪れたりし、仕事につながることもよくあった。しかし、本社が移転してギャラリーと距離ができたことで、そうした機能は薄れていく。「類似のスペースがクローズしていくことも多いなかで、新たにどういった意義のある活動ができるか悩んできた」と葛藤の経緯を語った。活動の社会的役割を見つめ直してきた結果が、BUGにつながっているようだ。
深井はそれを受け、文化活動は経済の仕組みから外れた「無駄なもの」とみなされることも多いが、翻れば本来経済活動と無関係に存在する「自然な人間の営み」ともいえると指摘。かつて先鋭的だったギャラリーの活動も、徐々に自然なものとなったことで、プラスアルファの価値が必要になったのではと分析したうえで、「大きな規模で社会経済を担うリクルートは、かつて銀座でひとつの社会を形成していたと思う。新たに東京駅エリアで、BUGを含むエコシステムができていくのではないか」と期待を寄せた。
また深井は、近年再注目される福原の著書『文化資本の経営:これからの時代、企業と経営者が考えなければならないこと』(原著は1999年刊。2023年にNewsPicksパブリッシングより復刊)を例に挙げ、リクルートとアート事業の親和性にも切り込んだ。企業経営にクリエイターや文化関係者の考え方を取り入れる動きがあるなか、リクルートは長年それを実践してきたともいえる。深井は、「リクルートの理念はアートの営為にも通じるように思う。もともと社風として、アーティストに近い気質を持っているのでは」と指摘し、アーティストと接して感じることを質問した。
これに対して花形は、アーティストは感覚的・右脳的だと思われがちだが、長期的にリサーチに取り組んでテキストを執筆したり、説得力あるロジックを組み立てたりできる作家も多いと実感を語り「ビジネスにも活かせる能力だけれど、あえてそうではないキャリアを選んでいるのが、人として面白い。マネタイズなどの面で応援できれば」と述べた。企業としては数字に表れる利益や売上も重要に思えるが、現状、厳しい縛りがあるわけではないという。いっぽう、「ただ、わかりやすい来場者数などはやはり重要。必ずしも人が多く入る企画が良いとは言えないけれど、ビジネスパーソンに理解しやすく取り組みの意味を説明できるよう、日々メンバーに要望している」とも話した。
ビジネスとは異なる観点やスケールから、世界に触れることの意義
続いて話題は、BUGが注力するアートワーカーのキャリア支援に移った。こうした点に力を入れている背景には、コロナ禍を経て、国内外の文化政策の違いや、アート界でのハラスメントが表面化してきたことなどがある。
本来公的機関で取り組むべき課題でもあるが、花形によれば「リクルートにはまずは自分で動いてみようという考え方の人が多い」。アーティストだけでなく、企画者やマネジメント側のキャリア支援にも目を向ける前例にとらわれない取り組みは、チャレンジ精神旺盛な社風ゆえでもあるようだ。活動エリアが東京駅に移ったことで、ビジネスパーソンへのアプローチの重要性も実感しているという。
会場からは「G8で扱っていたデザイン分野ではなく、コンテンポラリーアート中心にシフトしたのはなぜか」との質問も寄せられた。花形は「G8は、すでに活躍しているクリエイターの『仕事の成果』を展示する場となっていたが、今後リクルートとして取り組んでいくべきこととは何か考えたとき、ガーディアン・ガーデンでのコンペのような企画を発展させ、キャリアにフォーカスする選択肢を選んだ」と説明した。ただ、今後デザイン分野を扱わないということではなく、「グラフィックデザインに支えられてきた歴史があるので、デザインとアートの境界上にあるような表現から、領域をつなぐことについても考えていきたい」とした。
さらに、「近年は資本主義的な観点でアートが注目されていると思う。若い世代のアーティストを送り出す立場から現状をどう考えているか」との質問もあがった。花形は「価値が上がるからではなく、作品に込められた思いを理解してファンになり、宝物や『推し』という意識で所有する意識も大切だ」と語り、作品を販売しやすい形式にするサポートを行った「バグスクール」での取り組みを紹介した。深井は「リクルートのネットワークを使えば売上を追求することも可能ななか、あえてそうしない姿勢に共感できる」と述べ、資本主義との付き合い方を学べる場として機能するBUGは、キャリア支援の場として意義を持つのではと話した。
最後の質問は「クリエイティブクラスがビジネスに参入することで、どういった思考のチェンジが起こると思うか」というものだ。花形は「企業では1年間のPL(損益計算書)という結果を追いかけるが、例えば雨宮さんは『小さな石6個を6人がひとつずつ持ち、5年毎に引き継ぎながら1300年間ただ持ち運ぶ』というコンセプトの、《1300年持ち歩かれた、なんでもない石》(2014)というプロジェクトを行っている。そうした異なる時間感覚にふれるだけでも、気付かされることがあると思う」と回答。なぜこの場所を運営しているのか、自身も切り口を探りながら仕事をしていると語った。
今回紹介されたBUGでの取り組みは、リクルートというキャリア支援の実績を持つ企業ならではの理念に基づき、幅広いアートワーカーの持続可能な活動を支援する点が印象的だった。今後さまざまな企画が展開されていくなかで、ビジネス街である東京駅エリアにどういった化学反応が起こっていくかにも注目したい。
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