アートの根付く街・京橋を舞台に、100年後につながる小さな循環を始動する――YAU SALON Vol.14「ART POWER KYOBASHI─戸田建設が考える、アートの力によるエコシステムとは?」レポート
2023年7月26日、有楽町ビル10階のYAU STUDIOを会場に、YAU SALON vol. 14「ART POWER KYOBASHI─戸田建設が考える、アートの力によるエコシステムとは?」が開催された。
「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。第14回となる今回のゲストは、戸田建設株式会社による新たなアートプロジェクト「ART POWER KYOBASHI」に取り組む、同社京橋プロジェクト推進部の久木元拓。京橋を拠点に120年余りの歴史を持つ建設会社が、本社屋建て替えを機になぜアート事業をスタートさせるのか、その経緯やビジョンをYAUメンバーの深井厚志が掘り下げた。
当日の模様を、メディアアート関係の記事執筆も手がける編集者/ライターの坂本のどかがレポートする。
文=坂本のどか(編集者/ライター)
写真=Tokyo Tender Table
■新本社屋の低層部を文化複合施設に 初挑戦のビッグ・アート事業
今回のゲストの久木元は、戸田建設がアート事業に着手する以前は、アーツカウンシル東京でアート支援を行っていた人物だ。さらにそれまでも、シンクタンクでの文化施設の計画、アートマネージメントを教える大学教員、そして解体予定のビルを舞台にしたプロジェクト「TRANS ARTS TOKYO」のディレクションやプロジェクトマネジメントなど、様々なかたちでアートに関わり続けてきた。
当日はまず、そんな久木元による「ART POWER KYOBASHI」のプレゼンテーションが行われた。
「ART POWER KYOBASHI」は、2024年11月の戸田建設の新本社屋「TODA BUILDING」オープンとともに始まる、戸田建設によるアートプログラムの総称だ。プログラムの拠点となるのはTODA BUILDINGの低層部。1フロアが720坪ほどというビルの1階から6階を芸術文化エリアとし、ミュージアム、ホール、ギャラリーコンプレックス、ショップなどによる複合施設となるという。
建物の概要説明を受け、「相当大ぶり。同規模の文化施設はなかなかないのでは」と深井。そしてこの大ぶりな文化施設が、戸田建設が手掛ける初めてのアート事業だということに驚きを隠せない様子を見せた。
「戸田建設が本社屋を置いてきた京橋は、江戸の職人街から発展した芸術文化の街だったんです」と久木元。そして現在、戸田建設と隣り合うのは、ブリヂストン創業者による一大アートコレクションを有するアーティゾン美術館。新たな試みではありながらも、その周囲には豊かな土壌が十分に肥やされていたとも言える。今回アート事業に乗り出した経緯も、そんな街や近隣との関わりによるところが大きいという。
アーティゾン美術館の入る「ミュージアムタワー京橋」も、「永坂産業京橋1丁目ビル」からの建て替えを2019年に終えたばかりだ。ミュージアムタワー京橋とTODA BUILDING双方の建て替えは、時期が重なったことから、一つの都市計画となったのだという。両街区を「まちに開かれた、芸術・文化拠点の形成」をテーマに据えた「都市再生特別地区」として東京都に申請。認可を受け、方向性を同じくして走り出すこととなったのだ。芸術文化を担う新たな建物とプロジェクトの誕生の背景が明かされた。
■現在進行形のアートと共に、成長し循環し続ける「エコシステム」
戸田建設によるアートプロジェクトのキーワードは、「現在進行形」だ。その理由を久木元は「戸田建設がアート事業をはじめるのは、色々な偶然が重なってのことです。何もないところからのスタートで、アーティゾン美術館のようにコレクションがあるわけでもなく、これから集めるのも難しい。そこで我々がコンセプトにしたのが『現在進行形』のアート。新進アーティスト支援を筆頭に、現在進行形でアートに携わる方々と一緒に成長する事業にしたい」と話した。
さらに、プロジェクトのもうひとつのキーワードとなっているのが、今回のサロンのタイトルにもある「エコシステム」だ。「直訳すると生態系ですが、ひとつのビルの中でできることは限られている。そこで、小さなサイクルのようなものをつくっていきたい」と久木元が示したのは、「アートによるエコシステムの構築」と題したスライド。
そこに示されていたのは、「創作・交流」「発表・発信」「評価・販売」を循環する構図だ。ART POWER KYOBASHIの様々なアートプログラムは、このサイクルのなかに位置付けられるという。ここから久木元は、そうしたサイクルを形成する具体的な取り組みとして、企画段階のものからすでに実施したものまでを含む、いくつかのプログラムを紹介した。
●PUBLIC ART PROGRAM
初めに紹介のあった「PUBLIC ART PROGRAM」は、TODA BUILDINGの開業とともに始まるART POWER KYOBASHIのメイン事業であり、建物1階のエントランスや広場、2階コリドーなどを舞台に、1年半程度のスパンで次々と作品を入れ替える、新しいタイプのパブリックアートプログラムだという。「パブリックアートというと、一度設置したらそのままというイメージだが、これは更新し続けるパブリックアート」と久木元。1プログラムごとにキュレーターを選出し、キュレーターが選ぶアーティストとともにコミッションワークを制作・発表する仕組みだ。
説明を聞いた深井も、「自治体やゼネコンと一緒に実現するパブリックアートは、作家個人では実現できない規模の作品を手掛けられる、作家にとっても特別な機会。このプログラムによって初めて形になるクリエーションが今後たくさん現れそう。アートシーンを更新していく、大事な取り組みになる予感」とコメント。なお、展示終了後、作品はアーティストに返却し、作品によってはユニット化して別作品に再利用することも可とする方針だという。久木元は、「作品を作家が再利用することも試みのひとつ」と話した。
●KYOBASHI ART WALL
続いて紹介のあった「KYOBASHI ART WALL」は、ビル建設中の仮囲いを活用した、これまでに全4回が行われた公募プログラムだ。200〜300作を越す応募作のなかから、優秀賞を選出し、作品画像を大きく引き伸ばして出力、仮囲いに掲示した。さらに、近隣にある戸田建設が運営するアートスペースで個展も開催。ビルのオープン後には、奨励賞受賞作家も合わせ、全入選作家の合同展も開催したい考えだという。
●Tokyo Dialogue 2022-2024
「Tokyo Dialogue 2022-2024」は、同じく仮囲いを舞台に行った、写真と言葉のコラボレーションを主眼に置いたプロジェクトだ。これは、東京駅東側エリアで展開される都市型の屋外国際写真祭「T3 PHOTO FESTIVAL TOKYO」との共同プロジェクトで、写真家と書き手(俳句、詩、短歌など)がペアを組み、仮囲いにおいて展示を実施。あわせて冊子も制作するという。写真家は単なる記録写真ではなく、それぞれの視点でそのときの建設現場、京橋の風景、ポートレートなど各自が撮りたい被写体を撮影し、そこに書き手が言葉で応答する。久木元は、「建設期間中の今しか見えないものを捉える企画」と表現した。
ビルのオープンを待たず、「KYOBASHI ART WALL」と「Tokyo Dialogue 2022-2024」というふたつの企画を実施できたことは、ひとつのブレークスルーになったという。「仮囲いを使うこと自体は珍しいことではないが、公募展というかたちで、アーティストとともにプロジェクトを作れたのは、現在進行形のアートとともに成長することをテーマにした我々にとって、とても重要なことだった」と久木元は話した。
上記のプログラムに加え、スクール事業や、ビル内のテナントへのアートコーディネート事業なども行なうことを予定しているという。さらに、6階にはソニー・クリエイティブプロダクツが企画運営を行うミュージアム、4階には多様な用途での使用が見込まれるホール&カンファレンス、そして3階には小山登美夫ギャラリーやタカイシイギャラリーなど名だたる現代アートギャラリーが入るギャラリーコンプレックス、1階にはアートショップ&カフェを構える予定だ。
こうした複合性に対し、久木元は「一つひとつは小さな動きかもしれないが、重なり繋がり合うことで、小さな循環みたいなものができるんじゃないか。1年2年ではなく、10年単位で考え、次の100年に向けて事業を展開していきたい」と述べた。
■「TOKYO 2021」の経験から見えた、戸田建設にしかできないアート事業
久木元は加えて、2019年、建て替え前の本社屋を舞台にした建築と現代美術の展覧会「TOKYO 2021」にも言及した。同展は、アーティストの藤元明をディレクターに迎え、戸田建設が自ら主催し実現したもので、戸田建設がアート事業に本格的に着手する以前に初めて手がけたアートイベントと言える。
この展覧会のあたっては、壁をくり抜いたり、地下に水を張ったりと、建物への大胆な介入も行なわれた。「取り壊しが決まったビルだからこそできた企画」(久木元)だが、戸惑うことも多かったという。
久木元の上司で、当時の現場を知る京橋プロジェクト推進部部長の小林彩子は、「アーティストとのやりとりも全部初めて。正直なところ、コミュニケーションに手を焼いたこともたくさんあった。建設会社だからこそ、安全面などシビアに徹底しなければいけない部分も多く、アーティストもやりにくかったかもしれない」と当時を振り返る。例えば、同展が行われたのは、ちょうど台風の時期。屋外に設置した作品の上には台風養生の網を常設して、会期の3ヶ月間、台風が近づくと鳶職人に依頼し、上げ下ろしを行った。
「大変でしたが、この経験から、アーティストのアイデアにはできるだけNGを出さないようにしたいと思うようになりました。建設会社だからこそ持ち得るスキルを、可能性を広げる方向で活かせたらいいなと思っています」(小林)。
先述したPUBLIC ART PROGRAMにしても、365日フル稼働のビルのエントランスで大掛かりなパブリックアートを更新し続けるのは容易ではない。深井は「アートに向き合う中では企業の側も頑張らないといけない。『TOKYO 2021』で、戸田建設にしかできないアート事業が見えたということなのかもしれない」とコメントした。
■内部からアートの価値を上げていく アート事業を社内の人事交流の場に
サロン後半は、会場から様々な質問が寄せられた。多く上がっていたのは、社内におけるアートの事業の位置付けや規模をめぐる問いだ。
最初に、アート事業に関わる社員の数を問われると、久木元は「チームは4人体制、加えて部長が1人。アート事業のスタートに際して入った専門人材は私を含め3人」と回答。事業の規模に対して少数精鋭な印象だが、これに対して小林は「アート事業に興味がある他部署の社員がいれば、たとえば1年、アート事業に携わってもらうこともできるようにしたいと考えている。社内におけるアート事業の認知度や価値の向上にも繋げ、その場所を社内の人事交流の場としても機能させたい」と話した。
このアイデアに、深井も「すごく面白い。アート思考やアート×ビジネスといったことは昨今話題ではあるものの、セミナーに参加するより、現場に入ってアーティストとの仕事を体験するのが一番」と反応した。
さらに、企業とアートの交わりのなかでつねに問われる「アート事業をどう評価するか」という問いもあった。これに久木元は「ビル事業と一体で捉えることが重要だ」とコメント。「たとえば、パブリックアートの存在がビルの魅力を向上させ、オフィステナントのリーシングに繋がったりといった相乗効果が生まれることもあるのではないか。まずはビルのブランディングとしてアート事業が必要不可欠な存在になることが大切で、アート事業単独でその価値を図るためには、さらに長い目が必要となると考えている」と話した。
最後に、アート事業を行なうにあたって参照した事例を問われると、久木元は過去に自身が携わったアートにまつわる場の持つ不思議な魅力について言及。
「『TRANS ARTS TOKYO』を手掛けていたときに在籍していた一般社団法人「コマンドN」の運営する神田の文化施設『アーツ千代田3331』(2023年3月閉業)や、ART POWER KYOBASHIのアドバイザーの一人、小池一子さんがかつて主宰していた『佐賀町エキジビット・スペース』というオルタナティブスペースには、つねに世界中からたくさんのアーティストがやってきていました。特別な用もないのに、とにかく人や場所に惹かれて人が集まる。TODA BUILDING、もそんな場所にできたらという思いはあります」(久木元)。
すでに実施したプログラムや、前身となる大規模なプロジェクトもありながらも、2024年11月のビルのオープンに向け、まだ助走期間でもある「ART POWER KYOBASHI」。その全貌はまだベールに包まれており、そのためか、久木元の姿勢は一貫して控え目だった。しかし、大きな「何か」が始まりそうな予感は十分にある。なにしろ東京駅の間近でこれだけ大きなスペースがあることはやはり最大の特徴だろう。その特性を活かし、久木元が話したような人が引き寄せられ、集う場所が生まれたら面白い。同プロジェクトの今後に引き続き注目したい。