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じんわりだけど、着実に街に何かを及ぼしている ー YAU SALON スピンオフ!vol.29「YAU STUDIOとわたし・たち 2022-2024」
2024年9月19日、「有楽町アートアーバニズム」(YAU)の一環で開催されているトークセッション「YAU SALON」の第29回が実施された。テーマは「YAU STUDIOとわたし・たち 2022-2024」。
今回はスピンオフ回として、「YAUとは一体なんですか?」という問いを中心に置き、普段YAUに携わるスタッフ、利用するアーティスト、またこのイベントへ足を運んでくれた参加者でマイクを回しながらそのありかを探るディスカッションを行った。
2022年2月、有楽町ビルでスタートしたYAUは、2023年11月に現在の国際ビルへ移転。開始から2年半が経過し、場所も、訪れる人々も変化したYAUはいまどのようなフェーズにいるのか。それぞれの思いをつぶさに聞きながら、この場所の歴史や現在、そして未来について議論が交わされた。
当日の模様を、「YAU2023年度の報告書」に携わった編集者の梶谷勇介がレポートする。
文=梶谷勇介(編集・執筆)
写真=YAUチーム
今回のトークセッションの開催は、「YAU 2023年度の報告書」に向けてYAUの利用者へインタビューを実施したことに端を発している。
アーティスト・山本華さんをはじめ、アートマネージャー・栗田結夏さん、高校生・國田葵さん、そして近隣のNTTデータで働く逸見貴人さんと、スタジオとして利用するアーティストをはじめ、YAUを通してさまざまなプロジェクトに携わる方々まで。みなさんに「YAUとはどんな場所ですか?」と問いかけ、そこで答えてくれた内容をより多くのメンバーで掘り下げるべく、スピンオフ回として実施されたのがこのトークセッションだ。
今回は「あなたにとってYAUとは一体なんですか?」という問いを立て、各々が思うYAUについてグラス片手に語り合うことで、いまあるYAUの輪郭をやんわりと掴んでみようという試み。順にマイクを渡しあいながら進行し、それぞれの発表へ言葉を重ねるかたちで実施された。
仕事に、制作に、生き方に持ち帰る
まずは、モデレーターを務めるYAUメンバーの森純平さんより、あらためて当イベントについて補足するかたちでトークセッションがスタート。
「アーティスト・イン・レジデンスについてよく聞かれるのが、アーティストを呼ぶ都市のプログラムなのか、もしくはアーティストと街が協働で取り組むプロジェクトなのか、それともアーティストと何かトライアルを実践する場所なのか、ということです。YAUについても正直どれか答えは出せないのですが、今日はこのアンビバレントな場所について皆さんの意見を聞いてみたいと思っています」。
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続いて、当イベントのきっかけにもなった3名による、「YAUとはどんな場所ですか?」という問いへの回答から振り返りたい。
高校生でYAUを利用する國田葵さんは、2023年2月に、通っている高校とNPO法人インビジブルが協働で取り組むワークショップへ参加し、その成果発表の会場がYAUだったことでこの場所を知った。何度か足を運ぶうちにインビジブルのスタッフを務めたり、東京藝術大学と「ムジタンツ」(音楽[Musik]とダンス[Tanz]を組み合わせた造語で、音楽家の酒井雅代氏やダンサーの山崎朋氏が開発したプログラム)のワークショップに参加したりと関わる機会が増え、いまとなってはYAUの常連の一人に。
「YAUはつねに人が行き交っていて、まるでスクランブル交差点の中心にいるようだと思います。四方からそれぞれの専門領域を持った人が往来していて、自分はその中心にいて行く方向を迷っている。でも、そこで肩が触れ合ったり声をかけられたりして進んでいくと、向かう先には何かがある。大袈裟かもしれないですけど、自分的には人生の方向性も掴めてきたような感覚があります」。
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「僕もスクランブル交差点とか言ってみたかった」と笑いながら口火を切ったのは、サービスデザイナーとしてNTTデータで働く逸見貴人さん。2023年に実施された「Urbanist Camp Tokyo 2023」に参加したことでYAUを知り、現在は同プログラムの運営としてこの場所に関わっている。
「僕にとってYAUは『そういう考え方もあるんだ!』という視点に気づかせてもらえる場所です。大きい会社にいると、事業の特性に由来した人ばかりが集まって、近い領域で物事を考えてしまいがち。それも重要なことですが、もっと別の角度から解決策を考えてみる必要もあるんじゃないかと思い、そのヒントを求めてYAUへ訪れています。実際に去年『都市の再野生化』をテーマにプログラムを実施した際は、大使館で働いていた人がいたり、造園屋さんがいたりして、普段出ないようなアイデアや考え方に出会えました」。
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一方、YAUの立ち上げ時に招聘アーティストの一人として招聘され、いまも継続的に関わり続けているアーティストの山本華さんは、自分にとってのYAUは「定期検診」と回答する。
「ここには、自分がいま考えていることを相談して方向修正できるチャンスがあるという意味で、『定期検診』かなと思いました。YAUは“誰かいるから行く”場所としての印象が強くて、訪れたら相談したいと思えるような信頼できる人が誰かしらいて、かつその場で話せる空間がある。その二つがあることで助かっている部分がすごく大きいですし、来る理由としてもそれが一番大きいです」。
0点かも、120点かもしれない実験ができる
3人の紹介を兼ねた発表に続き、トークセッションのパートへ。
立ち上げからYAUに携わっている山本華さんは、まだアーティストもいない状態からYAUを利用してきた立場から、徐々に規模が大きくなりつつあり、細分化しているように見えるYAUはこれからどこを目指そうとしてるだろうか、と会場に向かって投げかけた。
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これに応えたのは、YAU SALONのアーカイブ撮影を担当しているTokyo Tender Table(TTT)の小林丈史さん。
「これはあくまで僕の考えですが、YAUは必ずしもアート関係者が集まる文化セクターだけの場所ではなくて、街づくりを考える人がいたり、公共的な目線で関わっている人がいたり、だから多様な場所だと思っています。個人的なスタンスとしては、領域やジャンルなど個々人が持っているバウンダリー(境界)のちょっと外に出てみよう、という意識を持っている人が集まるとどのような変化が起きるかを実験したい思いで関わっています。
小林さんは、そうした「越境」の意識や感覚は、学生やビジネスパーソンといった属性に関わらず、YAUに集まる多くの人たちに共通するものではないかと続ける。
「というのも、ビジネス界もアカデミックな世界も、自分たちの専門領域のなかで突き詰めるほうが“安全”だと思うんですよ。その世界におけるロール(役割)に合わせていくだけで100点満点はきっと取れる。でもそうじゃなくて、もしかすると0点になるかもしれないけどあえて120点を目指してみようとか、普段の領域から逸脱してみて、何か違うものと出会おうとしてみる。そういう思考を持っている人がここには集まっていて、それがこれまで誰も見たことがなかったエコシステム(生態系)になるんじゃないか。YAUを通して目指しているところは個人によって違っても、全体としてはそんな方向に向かっていることは共通しているのではないかと思います」。
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小林さんは、これに付け加えるかたちで「細分化」についても言及。関係人口が増え、活動領域が過去と比較にならないほど増えたために、誰もYAUの全容を把握できないほどのコミュニティになったことは、健全なエコシステムへの成長でもあると重ねたうえで、「コミュニケーションの密度は必然的に減るから、寂しいことでもあるけど、歓迎すべきことなのかもしれないなと思っています」と、山本さんの問いへと答えた。
じんわりだけど、着実に街に何かを及ぼす
では、YAUに長く携わるメンバー以外はどのような印象を持っているのだろうか。主にパフォーミングアーツの稽古場として運営されている「Ybase」のレジデンスアーティスト(2024年7月〜2025年1月)に選ばれ、その一環で今夏、YAUに一週間滞在した音楽家の西井夕紀子さんにマイクが渡った。
「滞在制作には、『自分が出会いにくい日常のなかで生活を送る』という裏コンセプトで参加してみました。普段、舞台音楽家として依頼された劇伴を作る場合は、“なぜ音楽が必要なのか”という前提について会話できないままに制作を進めることが多いんです。だから、今回はあえて一週間に5人のゲストを招いて意識的に話すことをしてみたかった。そのおかげで、舞台音楽について思考を深める時間をしっかり取れたことは、人生において大事な時間だったように感じています」。
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また、西井さんは、滞在制作の成果が求められない点にも言及。「たくさんのスピーカーを自分の周りに並べて、自分で作った音を鳴らしながらそのなかで演奏してみるという実験をしたんですけど、誰が見てても見ていなくても関係ないような表現ができるのはYAUならではだと思いました」と話した。
こうした物理的な場所としてのYAUの話の流れを汲み、自身も有楽町の近隣に住んでいるという来場者から、YAUは街とどのような関わり方を目指しているのかと問いが投げかけられた。これに、高校生の國田さんが答える。
「僕もいくつかの取り組みを見ていてよく考えるテーマではあるのですが、街との関わりが上手くいっているのかどうかは、正直分からないです。数字では測れない何かがあるとは思うのですが、目に見えてこう、と答えるのはちょっと難しいですね。でも、逸見さんが『Urbanist Camp Tokyo 2023』を通して知り合った方を自分の会社にヘッドハンティングしているという話を聞いたり、(YAU SALON当日に見学者として参加していた東京藝術大学の学部生を指して)こうして藝大の方が参加してくれたりする現状を考えると、じんわりだけど、着実に何かを及ぼしているようには思います」。
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これに対し、山本華さんは、「ギャラリーで作品を見てアートに触れる体験と、そこへ行けばアーティストがいることの価値は全然違いますよね」と重ね、街との関わりについても触れた。
「アーティストとして作品を作って街に発表していくことの意義としては、このアーティストは面白い、他の作品も見てみたいと思ってもらうこともそのひとつで、それを目指していく必要はあると思います。でも、その手前で、こういうものがあっても邪魔じゃないよねと思ってもらえるだけでも大きな影響。それが街で働く人、暮らす人に影響を及ぼすことだと思いますし、アートが広く世の中に波及していくきっかけはこういう小さなところから始まるんじゃないかなとも思います」。
誰も教えてくれないプロセスが見える場所
ディスカッションは、「発表の場」とは異なる「プロセスの場」としてのYAUについても及んだ。稽古場をはじめ、「相談所」といったアーティストが制作過程で相談できる機能を設けているYAUの側面を例にあげながら、藝大の音楽環境創造科に通う参加者の一人がマイクを握った。
「今日みなさんの話を聞いていて、プロセスを共有できることはYAUにとって大きな魅力だと感じました。アートに限らず、制作物、広くは何かを考えてつくるときのプロセスって、教えてくれることが少なくて、とにかく自分で模索していくしかない。でも、模索の仕方を見つけることも難しくて頭を抱えるのですが、YAUに来れば模索の仕方を拾えそうだなと思います。なにより、そうやって試行錯誤の方法について知れそうな場所が東京の中心地にあることは、すごく大きな価値なのかもとも思います」。
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こうした声を受け、YAU運営メンバーが呼応するようにそれぞれが思うYAUについて語ったのち、その一人である中森葉月さんはこのように締めくくった。
「YAUはフェーズを重ねてきた実感があって、活動が広がるとともに全体を説明することがどんどん難しくなっているのですが、私はYAUのことを“都市の余白”なのではないかなと思っています。わき目もふらず働く場所でもなくて、制作だけに追われる場所でもなくて、そうじゃない別の時間が流れているという意味の余白ですね。以前、インビジブルの林曉甫さんに『街の保健室になったらいいんじゃない?』と言われたのですが、ちょっといいなと思っていて。ビジネス街という立地上、誰もが何かの役割を担うことがスタンダードな街のなかで、アーティストじゃなくてもいい、ビジネスパーソンじゃなくてもいいような個人を担保できるようなよりどころにできたらいいなと思っています」。
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約90分にわたるトークセッションは、乾杯を締めの合図として終わりを告げた。
今回のセッションは「あなたにとってYAUとは一体なんですか?」という問いひとつだけを囲んで話し合うシンプルな構成だったものの、それに対する答えはまだまだ掘り下げきれないほど多様なものだったことが印象深い。ここはどのような場所で、どのように使い、何を目指せばいいのか。10人いれば10人答えが違い、思いについて語れるような“余地”が用意されていることこそ、YAUの魅力であり、中核にあるものではないかと感じる。
今回のトークについても、まるで空を掴むような時間に感じた人もいれば、何かの手応えを感じた人もいるだろうと推測する。しかし、画一的な答えを出そうとせず、問いを問いのままにして考え続けるような姿勢は、徐々にYAUの文化として根づきつつあるのかもしれない。
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