互いに変化し、価値を引き出し合う、幸せな協働とは?——YAU SALON vol.11「アートと企業のコラボレーションのかたちを考える」レポート
「有楽町アートアーバニズム(YAU)」の拠点である有楽町は、スーツを纏ったビジネスパーソンが行き交うオフィス街。YAUは、都市に新しい動きを生み出すために、アーティストやパフォーマー、キュレーター、アートマネージャーなど、芸術文化活動に従事する様々な背景を持つ人々を次々迎え入れて、展示やトークやワークショップを開催している。
活動の一環として定期的に開催されてきた「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホストとなり、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わす対話と交流の場だ。今後アートと社会、ビジネスの越境的な取り組みが展開されていくことを目指し、芸術文化活動に従事する者だけではなく、ビジネスパーソンも巻き込みながら、会場全体でこれからの社会を語りあう場をつくっている。
2023年5月31日に開催された第11回「アートと企業のコラボレーションのかたちを考える」のゲストは、現在、京都芸術センターのプログラムディレクターで、かつて「KYOTO STEAM ―世界文化交流祭―」のスタッフとして、2022年1〜2月に京都市京セラ美術館新館東山キューブで開催された、企業や研究機関とアーティストとのコラボレーションを表彰するコンペティション「KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション」のキュレーターを務めた安河内宏法。
2017年に始動した「KYOTO STEAM ―世界文化交流祭―」のコアプログラムとして実施された同プロジェクトの企画から準備段階、実際のコンペティションや展覧会に至るまでのプロセスを振り返り、アートと企業・研究機関がタッグを組むことの面白みやその理想的なあり方、実際に見えてきた課題などが話し合われた。
当日の模様を、アートやカルチャーについて多くの媒体で執筆も行う美術家で文筆家の肥髙茉実がレポートする。
文=肥髙茉実(美術家、文筆家)
写真=Tokyo Tender Table
■アーティストとタッグを組みたい京都市の企業・研究機関を公募
「KYOTO STEAM 2022 国際アートコンペティション」(以下、KYOTO STEAM )のSTEAMとは、「Science(科学)」「Technology(技術)」「Engineering(工学)」「Arts(芸術)」「Mathematics(数学)」の頭文字を組み合わせたもの。2017年度に準備を始めてから4年間、芸術と科学の融合というテーマのもと、アーティストに加えて、研究者や職人、技術者、さらには子どもから大人までが参画した大規模なプロジェクトだ。
KYOTO STEAMの特徴は、アーティストだけでなく、アーティストとのコラボレーションを希望する企業や研究機関に対しても公募を行なったところ。安河内は、さまざまな企業や研究機関に参加してもらえるように、想定しうるコラボレーションのイメージをできるだけ多くのバリエーションで示したと話す。
「事前にさまざまな企業や研究機関に出向き、アーティストとのコラボレーションへの関心があるかどうかのセールスとリサーチをしました。アーティストとこうした組織との協働というのは前例が少なく、作家側のメリットはわかりやすいけど、企業や研究機関側のメリットは見えづらかった。
そこで公募に先立ち、コラボレーションのイメージを具体的にするための準備運動として、2020年10月には選抜した7組の企業・研究機関とアーティストが協働した作品を展示するスタートアップ展を開催。その実績をもって、関心や親和性が高いところにさらにアプローチをかけていきました。その甲斐もあってか、最終的には41社もの企業・研究機関から、アーティストに対して、自社(自身)が有する技術や素材、知見の提供の申し出がありました」(安河内)
その後、エントリーした組織が提供する技術や素材、知見をオンライン上に公開。作り手がそれを見ながら作品の構想を練られるようにした。結果、応募組織の41社に対して、アーティストから届いた展示プランの数は約110件。
芸術・美術大学の教員や美術館学芸員といった有識者などを審査員に迎え、京都市京セラ美術館の東山キューブという展示会場を踏まえての実現可能性や、企業・研究機関から提供される斬新な素材にどういった発想を乗せられているかなどの観点から、以下の11組が選抜された。
■制作費や制作場所だけでなく先進的な技術や知見を提供
公募によって選ばれた11組のアーティストと企業・研究機関は、2021年4月からおよそ9ヶ月間、それぞれの方法で対話を重ね、本コンペティションに出品するための作品を制作した。企業とアーティストのコラボレーションというと、企業からアーティストへ制作費や制作場所の提供などを行なうケースが多いが、安河内は「経済面を解決するというだけではなく、より望ましいコラボレーションのかたちを探りたかった」と話す。
KYOTO STEAMでは、隔週1回程度の頻度で、企業とアーティストとの打ち合わせを実施。企業からの素材や技術、知見の積極的な提供により、より深く双方向的なコラボレーションを目指したようだ。アートコーディネーターである安河内にとって、キュレーションだけでなく進行管理や仲裁も重要な仕事のひとつ。なかにはアーティストと企業・研究機関が、それぞれ自分の言葉が相手に通じないジレンマを抱えて衝突するなど、スムーズに進まないコラボレーションもあるなかで、安河内はそのジレンマ解消のために間に立った。
「もちろんスムーズに進まないコラボレーションもありますが、ひとつも実現に至らなかったものはありません。僕がとくに印象に残っているのは、理化学研究所(理研)と川松康徳さんのコラボレーションです。双方が相手の価値観や知見を通して世界の見え方が変わることを楽しみながら、理想的な対話を重ねていたと思います。作品自体も最初のプランからどんどんと変化していき、川松さん自身も『良い意味で、この作品が誰の作品かわからない』と言っていたほど、充実したコラボレーションになりました。KYOTO STEAMが終わった現在もなお、日常的にslackで議論が繰り広げられていて、良い関係が続いています」(安河内)
■企業・研究機関は無償で長期支援。アーティストとコラボするメリットは?
選抜アーティストにとっては、制作費50万円と展示の機会のほか、普段はなかなか触れることのない素材や技術、知見なども得られる絶好の機会であることは間違いない。一方で、企業・研究機関は無償で参加し、長期にわたる支援を行なうため、コミュニケーションコストも高い。会場の参加者からは、企業・研究機関側がそれでもアーティストとコラボレーションするメリットやモチベーションについて質問が上がった。
「企業にとっては、創造のプロセスに関われるといった純粋な喜びはもちろん、もし何か自社で素材を開発しているような会社であれば、アーティストにその素材の価値を掘り起こしてもらうなどのメリットもあります。例えば、多種多様な糸の製造販売を行なっている株式会社フジックスと、アートとデザインの双方にまたがる領域で活動を行っている金森由晃さんによる糸のインスタレーションは、まさに糸の物質的な美しさを再発見する良い例となりました」(安河内)
アーティストと企業の豊かなコラボレーションとは何か? 「コラボレーションの当事者たちのメリットが、お金を使えば獲得できるものに限定されていたとしたら面白くないと思うんです。資金がないから、お金や素材を提供してもらうとか、アイデアがないから代わりに考えてもらうとか、そういう関係性はただの外注にすぎない気がします」と安河内。
そうしたなか、コラボレーションのかたちを考えるひとつのヒントとして彼が例に挙げたのが、一般的には楽器として使われることのない素材を使って音を出す作品を制作したドイツのサウンドアーティスト、ロルフ・ユリウス(1939〜2011)の言葉だ。
「ユリウスさんは、『自分は石や鉄を使っているんじゃなくて、アーティストとして石や鉄に幸せの手を差し伸べている』とあるインタビューで語ったそうです。僕は、アーティストと企業のコラボレーションを考えるときにも、そういう関係性が良いと思うんです。
つまり、コラボレーションの過程で、コラボレーションの相手が持っているアイデアや技術や素材の可能性を引き出し、それに新たな価値を差し伸べるという関係性です。自分が持っているものにはこういう価値があったのかと、お互いが学び合える関係性を築くことが、何より重要ではないかと感じています」(安河内)。
■アーティストの創造の力が、会社の素材や技術に価値を与える
安河内は、企業・研究機関の素材や技術、知見に新たな価値を与えた作品として、11組の作品のなかからグランプリに選ばれた三木麻郁と国立病院機構新潟病院臨床研究部医療機器イノベーション研究室による《とほく おもほゆ》(2022)についても紹介した。同作は、新潟病院に所属する石北直之医師が手がける3Dプリント可能な人工呼吸器を、三木が「楽器」へと変えた未来的な作品だ。
宇宙を含むあらゆる場所で製造・ 使用可能な3Dプリント人工呼吸器の開発を支える知性と、呼吸という根源的な営みを改めてとらえ直そうとする三木の想像力が高い評価を得たコラボレーション。「アーティストの想像力によって、企業・研究機関の素材や技術、知見に新たな価値を与えるコラボレーションになっていれば、無償でも十分に意義を感じてくれます」。11組それぞれ、数え切れないほどの対話に立ち会ってきた安河内の言葉には、たしかな自信が感じられた。
イベント終盤での質疑応答では、会場にいた参加者たちから非常に多くの質問や意見が飛んだ。そのなかでは、アートが見せる量や数には還元できない価値に対して、企業・研究機関側の成果をいかに測るのか、その評価基準の開発や複数性が必要といった指摘など、アートと組織のコラボーションの今後を考えるうえで重要な観点も挙がっていた。
理解の範疇ではない言葉や表現を前にしたとき、私たちの脳はわかりたがり答えを急いでしまう──しかしそのジレンマを堪えて、アーティストとビジネスパーソン、双方が相手の価値観や知見を通して世界を見え方が変わることを楽しめるようになったとき、対話もコラボレーションもよりいいものになっていくのだろう。
KYOTO STEAMは、約5年間の活動を通じて、その後も続くアーティストと企業・研究機関のネットワークを構築することができた。共創に向けた継続的な対話は、アーティストの新たな可能性を拓き、企業・研究機関の素材や技術に価値を与えただけではなく、対話力に富んだ創造性の高い人材育成も叶えたのではないだろうか。
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