挫けそうなとき元気をくれる、マティスの作品たち
何もかも上手くいかないとき、思わぬ逆境にあったとき、名画が元気をくれることがあります。
画家たちはいつでも、苦難を乗り越えて自分の芸術を貫いてきました。
逆境を乗り越えて名作を生んだ画家の1人に、アンリ・マティスがいます。
マティスは20世紀フランスの画家です。
その異名は「色彩の魔術師」
理由は、彼の絵を観れば明らかでしょう。
辺り一面真っ赤な部屋。絵具の原色の鮮やかさが目に飛び込んできます。
こちらの肖像画は、題名にある緑色の鼻筋はもちろんのこと、背景の色彩も目を引きます。
マティスの自由な色遣いはあまりにも斬新でした。
当初こそ「野獣の檻の中にいるようだ。」と批判されたものの、次第に評価を高め、世界的に人気の画家になります。
名声も富も手に入れたマティスでしたが、晩年には辛い出来事が次々と彼に降りかかります。
69歳のときには、41年連れ添った妻と離婚。
翌年にはナチスがフランスに侵攻し、当時住んでいたパリからの避難を余儀なくされます。
第二次世界大戦中には、レジスタンスに関与していた元妻と娘が政府に逮捕されました。
そのような状況の中、マティスは十二指腸癌を患います。
生きるか死ぬかの大手術を2度も経験し、後遺症により車椅子生活となってしまいました。
油絵には体力がいります。
基本的に絵を描くときには、絵具を混ぜ合わせて色を作り、輪郭線を引き、その中を色で塗りつぶす作業が必要です。
マティスにはもはやそんな体力は残っていません。
それでも彼は芸術を諦めませんでした。
筆で色を塗る代わりに、色紙を使うことにしたのです。
マティスがハサミで色紙を切り、助手に指示して色紙を板に糊付けし、画面を作っていきます。
これなら絵具で描くより工程が少なくて済みます。
多少手元がおぼつかなくても、ハサミで大まかな形を切り出すことは可能だったのでしょう。
当初は主にリハビリとして活用していた切り絵でしたが、マティスはこれを新たな芸術手法として昇華させました。
74歳のときには、切り絵の作品集の制作を始めます。
この作品集は、マティスが見たサーカスの思い出を描いた作品です。
作品では人物や猛獣などがシルエットで表現されています。
シルエットの形はどれも曖昧で、題名を見なければ何を描いたのかよく分からないものや、絵というよりは壁紙などの装飾のような作品もあります。
抽象表現と具象表現の中間のような形です。
この絶妙な形が、切り紙の鮮やかな色にしっくりと馴染んでいて、活き活きとした画面となっています。
もともとこの作品集のタイトルは『サーカス』でしたが、最終的には『ジャズ』になりました。
『ジャズ』の名にふさわしく、リズムが感じられるような、何だか観ているだけで踊りだしたくなるようなものばかりです。
この時期マティスの身には様々な不幸が押し寄せていたのですが、この作品集は、そんな不幸を押しのけてしまうような生命力に満ちています。
マティスは切り絵について「切り紙絵は色彩で描くことを可能にしてくれた。輪郭線を引いてから中に色を置く。…その代わりに、いきなり色彩で描くことができる。」と述べています。
「色彩の魔術師」は、油絵とは違う新しい可能性を、切り絵に見出したのです。
マティスの切り絵は評価され、礼拝堂のデザインの総指揮を任されるほどになりました。
マティスが手がけたのは、南仏ヴァンスにあるロザリオ礼拝堂。
ステンドグラスや聖職者の服装、十字架から燭台まで、ほとんどすべてのデザインを手がけました。
一人の画家が建築物をまるごと、しかも祭服までデザインするというのはとても珍しいことです。
そのデザインの原案は、もちろん切り絵を中心に作成されました。
ロザリオ礼拝堂は、まさに「いきなり色彩で描く」ような鮮やかなデザインに溢れています。
従来のキリスト教施設では考えられないような、明るくて華やかな礼拝堂です。
http://chapellematisse.com/FR/visite-chapelle-avec-matisse.php
実はマティスが最初に絵を描くきっかけとなったのも、病気にかかったことでした。
21歳のときに盲腸炎を患い、療養中の暇つぶしとして、母から絵の具1箱を渡されます。
当時マティスが目指していたのは法律家。大学の法学部まで卒業していました。
しかし、病床でマティスは絵を描くことに夢中になり、芸術家として生きる道を選びました。
絵の具1箱が彼を変えたのです。
人生は何があるか分かりません。
マティスは人生でいちばん不幸だったときでも、芸術を諦めませんでした。
家族との仲がこじれても、戦争の不安があっても、身体が動かなくても、自分にできることをやり抜いて、新たな芸術を生み出しました。
辛いときにマティスの絵を切り絵を観ると、明日を生きる希望が沸いてきます。
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