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ムンカーチ・マールトン、その写真はファッションを超越した。

ムンカーチ・マールトン(Munkácsi Márton, 1896-1963)or マーティン・ムンカッチ(Martin Marmorstein)
1930年代、すでに、ファッション写真に報道写真的な感性の要素を取り入れている。それは、屋外での撮影、群集や動き、モチーフのごく自然な表情などだ。そして、当時としては、インパクトある斬新なファッション写真を発表した。

ハンガリー出身のユダヤ系ハンガリー人の写真家で世界的にも著名だ。
(日本表記はマーティン・ムンカッチ、それは、米国での活躍もあるのだろう。)

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(c)Martin Marmorstein

略歴
1912年-義務教育を終えた後、画家へなるために学んだ、キャリアは新聞記者からで、そのレポートのイラストは、カメラを持つことで終了する事になる。
1918年頃は、肖像写真スタジオの経営もしたが成功とはならず、ジャーナリズムから、フォトジャーナリズムの道へ転向した。週間「シアターライフ」ブダペストで10年程度は働き、それから、その幅を広げていくのだが、ただ、ブダペストの路上でのいわゆる、社会的なスナップ・ショットも多い。
1927年、ブダペスト写真産業協会のフォトジャーナリスト部門の創設メンバーになる。
そして、ドイツの出版社・新聞社に移り、その後、アメリカへ拠点を変えた、そこでのファッション写真が、評価された。Harper’s Bazaar(女性向けファッション雑誌-NY)の契約の後、多くの広告の注文をこなした。
ホームジャーナル「How America Lives」(US-1940)は、淡々とした人々の生き様、貧困な黒人の家族等ムンカーチ・マールトンの本来の写真ジャーナリスティックなシリーズだ。そして、 スターのポートレートも著名だ。(当時の、マレーネディートリッヒ、キャサリンヘップバーン、ルイアームストロング、フレッドアステアなど)
1943年、心臓発作のために、カメラワークを中止し、それから再び、ライターとなる道を選んだ。
1963年、ニューヨークにて、サッカー観戦中に、病(心臓発作)で死亡した。

  ムンカーチ・マールトン

Martin Marmorstein

ムンカーチ・マールトン、戦前戦後を通して、ドイツ、アメリカで活躍したハンガリー系の写真ジャーナリストだ。そして、国内の話で言えば、写真家-土門拳の敬愛したドキュメンタリー写真家だった。


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