キャパシティビルディング講座2024|レポートVol.04:実践から学ぶ。アートと福祉をつなぐ方法
久保田翠さんによる第4回講座「実践者との対話を通じ活動の推進力を磨く」
2024年10月23日に行われた第4回講座の講師は認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ(以下、レッツ)理事長の久保田翠(くぼた・みどり)さん。2000年のレッツ設立当時から、障害の有無などあらゆる違いを乗り越えて、色々な人が共に生きられる社会づくりを目指して活動してきました。前半のオンライン公開講座と後半の対面講座の2部構成となる本講座では、久保田さんが活動を継続・展開するきっかけと問題・課題をプロジェクトとして実践されてこられた背景や思考を学び、芸術文化やアートプロジェクトが持つ可能性を探っていきます。
レッツは、既存の価値観を転換するアートの力から生まれた
久保田さんが活動を始めたきっかけは、1996年に、重度知的障害のある長男・たけしさんが誕生したことでした。たけしさんは小さいころから現在まで、寝るとき以外はずっと石を容器に入れて叩き、音を鳴らすことを楽しんでいました。しかし、行く先々で、たけしさんの行動は「排除すべき問題行動」とみなされ続けたと久保田さんは回想します。
「社会の周縁に追いやられ、居場所がない」と感じていた久保田さんは、2000年にレッツを設立。当時は、障害のある子どもがいる親達が集まった団体で、今のように認定NPO法人化して活動を拡大させることは夢にも思っていなかったと言います。
その間もたけしさんは、食事や着替え、排泄などの身辺自立の訓練を受けましたが、できるようになったことは一つもなく、唯一今でも続けていることが、入れ物に石を入れて叩き続ける行為だけ。そこで、このたけしさんの行動を捉え直すように発想を転換したのです。
「これは『問題行動』ではなくて、彼にしかできない『表現』だと思いました。そう言い換えないと、彼の存在を全否定することになってしまう。問題行動だらけのたけし君ではなく、本当にやりたいことをやりきるたけし君と、くるりと発想を転換したんです」
このように既存の価値観をひっくり返すということができたのは、「アートの教育を受けたからだと思っています」と言う久保田さん。このようにアートの考え方をベースにし、障害の有無や国籍、性差などのあらゆる違いを乗り越えて、共生社会を目指すアートNPOとして活動しています。現在、福祉施設も運営していますが、レッツに在籍する約50人のスタッフは、芸術文化など福祉以外の教育を受けてきた方々が多いそうです。
また、レッツの特色といえるのが「表現未満、」プロジェクト。誰もが持つ表現する力を「役に立たない」と一方的に判断するのではなく、その人固有の表現として全肯定する考え方です。「表現未満」なる言葉には「取るに足らないように見える行動でも表現と言いたい」という思いが、その後ろに付く句読点には「これからも続いていく」という思いが込められています。
「たけし文化センター連尺町」と「表現未満、」から考えるアートと福祉の関係性
レッツの活動拠点の一つに、たけしさんの名を冠した「たけし文化センター連尺町」があります。2018年に誰もが集える文化センターとして、静岡県浜松市の中心市街地に設立しました。重度知的障害を持つ人がいる福祉施設の多くは街の中心地から離れた郊外にあり、市街地の人と関わりを持たない状況に違和感を持った久保田さんは、「彼らの面白さを伝えない限り共生社会なんかできっこない」という思いで、あえて市街地を選び、通常の作業メニューではなく、好きなことをやる、そしてどんどん街に出ていくことを選びました。
レッツは「表現未満、」プロジェクトのもと、数々の企画を運営・実行しています。そのうちの一つである「〜雑多な音楽の祭典〜スタ☆タン!!」では、全国から「表現未満、」を公募し、批評や鑑賞を楽しむ音楽会を全国的に行いました。
また、「意思決定支援」という、自らの人生をどこで・だれと・どんなふうに過ごすのかを自分で決めるための支援について、レッツで実践されている取組みも紹介されました。意思決定支援をしようとしても、言葉でうまく説明することが困難な重度知的障害の人にとってはとても難しく、ただ好きなことを聞いても真実は永遠にわかりません。そこで、アートの発想から方法を転換し「しえんかいぎ」という周りの多様な人を集めた哲学カフェを開催。真実はわからないけれど、みんなで話しながら折り合いをつけ、わからないものをわからないまま取っておくというアートだからこそできる試みです。これは、意思決定支援という福祉の手法から派生した、たけし文化センターのスタッフによる「表現未満、」なのです。「障害のある人と一緒に過ごすことを、セッションのように楽しめるスタッフがいるのも、私たちがアートを大切にしているから」と久保田さん。現場の実践例をいくつも紹介しながら、アートプロジェクトが福祉を実現できる可能性を示してくださいました。
その他にも「たけし文化センター」に滞在して重度知的障害のある人たちと一緒に過ごせる「タイムトラベル100時間ツアー」、小学生がたけし文化センターを訪問する「GO!GO!たけぶん!探検隊」、色々な場所に出張して重度知的障害者たちの存在を五感で感じてもらう「かしだしたけし」、困ったときに少しでもお喋りができるようなコミュニティを街中で築く「浜松ちまた公民館」など、教育やまちづくり方面にも活動を広げています。
前半のオンライン公開講座では、一般視聴者からの質問も受け付けました。「地域に出たとき、理解のある人ばかりに出会えるわけではない。辛いこともあるのではないか?」という問いに、久保田さんは「彼らが外に出ないといけない理由や、自分たちなりの考え方も堂々と主張していかないといけない」と応答。そして、「芸術文化を学んだスタッフは、怒られることを怖がらない。そこが強みです」と笑いながら、他者との対話やトラブルも織り込んでおく姿勢の大事さも教えてくださいました。
久保田さんとの対話で考える、芸術文化や表現の力
後半は受講生と講師、ファシリテーター/アドバイザーのみでの対面形式で、質疑応答や対話を交わしていきます。約1時間の間、芸術文化の価値を深掘りするやり取りが続きました。
ファシリテーター/アドバイザーの小川さんが「芸術教育が役に立ったと話したのはどういうことでしょう?」と問いかけると、久保田さんは芸術文化の意義やたけしさんの存在そのものを肯定するように応答しました。
「世の中の常識を疑う目が育っていた。みんなと同じ意見、考え方を持たないことに恐れがない。むしろ良しとしていた。だから自分の息子が生まれたときも面白いと思ったんですよ。どこに行っても、“障害のある子=可哀想”とステレオタイプな見られ方をされるのも好きではなかったです」
たけしさんの行動に、「これは音楽だ」と表現の片鱗を見出したのもある音楽家の方だったと言います。「アーティストは思ってもみなかったことを教えてくれる力や、硬直した空気に風を通してくれる」と、芸術文化やアーティストが持つ力を日々感じていると話します。
「障害のある人の表現を公開するときに、暴力的になってしまったり、『感動ポルノ』のようになったりしないように、気をつけていることはありますか?」という受講生の問いにも、久保田さんは「障害の有無は表現に関係なく、そこで勝負する気はない」と言い、あらゆる人をエンパワーメントする言葉が続きます。
「人間が持つ表現する力は喜びみたいなもので、自分を助けてくれるものなんだっていうことを皆さんに知ってほしいと思っていますね。例えば、レッツに毎日ダジャレを言いにくる人がいるんです。そこで『ちゃんと働いていないんだ』などと言うのではなく、市井の人のよく分からない行動を表現として捉え、リスペクトする社会になってほしい。全てのものをすくい上げられるのが文化だから、そういうことを私ができればいいなと思っています。」
後半の対話は、表現や人の存在そのものについて考える時間となり、前半・後半を通して、久保田さんのエネルギッシュな言葉に多くの受講生が刺激を受けました。
次回は、これまでの講座を振り返って、もっと理解を深めたいことや、感じている課題を受講生同士で会話する「中間ディスカッション」。自身の思考を整理して、課題解決の糸口を探ります。
講師プロフィール
久保田翠(くぼた・みどり)
認定NPO法人クリエイティブサポートレッツ理事長。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、環境デザインの仕事に従事。重度知的障害のある長男の出産をきっかけに、2000年にクリエイティブサポートレッツ設立。2010年障害福祉サービス事業所アルス・ノヴァ開設。2016年『表現未満、』プロジェクトスタート。2018年たけし文化センタ一連尺町建設、2022年浜松ちまた公民館開所。2017年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2022年度静岡県文化奨励賞受賞。
編集協力:株式会社ボイズ
記録写真:古屋和臣
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)
事業詳細
キャパシティビルディング講座2024
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」は、東京都内で活動するアーティストやあらゆる芸術文化の担い手の持続的な活動を支援し、新たな活動につなげるプラットフォームです。オンラインを中心に、専門家等と連携しながら、お悩みや困りごとに対応する「相談窓口」、活動に役立つ情報をお届けする「情報提供」、活動に必要な知識やスキルを提供する「スクール」の3つの機能で総合的にサポートします。
アーツカウンシル東京
世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。