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Q72 海外プロダクションとの映画の共同制作
エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行
より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク
Question
海外のプロダクションとの映画の共同制作を行う場合、どのような形で行うことができるか。また、どのような点に注意すべきか。
Point
① 映画の共同制作
② 著作権の帰属
③ 費用回収・利益分配
Answer
1.映画の共同制作
映画の共同制作を行う場合、まず、どのような作品をどのような観客を対象に、どのような役割分担で製作し、どのように費用を回収し利益を分配するかということを検討する必要がある。相手が海外プロダクションであっても、上記のような検討の必要については基本的に同様である。
ただし、相手方が外国人(外国会社も含む)である場合、言葉や文化が異なり、法律も異なる。さらに、当該外国における映画制作の方法も異なる。その点から外国人との共同制作における特有の問題が生じる。
2.共同製作契約(Co-Production Agreement)
外国人との共同製作契約においては、おおよそ以下のような事項が定められる。
① 当事者
② 作品(原作、脚本、主演、監督など)
③ 権利者(誰がどのような権利をもつか)
④ クレジット表記
⑤ 地理的範囲(テリトリー)
⑥ 予算
⑦ 費用負担
⑧ プロダクションコントロール
⑨ ファイナンス
⑩ 保証(第三者の権利を侵害していないことなど)
⑪ 完成(完成保証を含む)
⑫ ローカライゼーション
⑬ 配給・上演
⑭ 二次的利用(DVDほか、配信)
⑮ 各種エージェント(配給・回収など)
⑯ 収益の分配
⑰ 会計
⑱ 銀行口座
⑲ 不可抗力
⑳ 通知
㉑ 権利放棄の否定
㉒ 強制執行
㉓ 債務超過・破産
㉔ 解除
㉕ 完全合意
㉖ 準拠法
㉗ 管轄・紛争解決
㉘ 分離性(severability)
㉙ 言語(どの言語により契約を締結するか)
渉外契約特有の完全合意や権利放棄の否定、準拠法、言語などの定めはあるが、国内の共同製作契約とその内容において大きく異なることはないといえる。
しかし、国によって映画に対する観客の考え方や、映画に対する出資の仕方などが大きく異なることから、契約書を締結する前に十分に相手方の状況を理解し、自らの状況を理解してもらうよう努めなければならない。共同製作契約締結に至るまでに、それぞれの映画製作にかかわる意思や出資の意思などを確認するために、Letter of Intent や Memorandum of Understanding といわれる事前の意思確認をしておくことも必要となってくる。
また、完成した映画をどの国でどちらの当事者が主体となって上演または配給し、どのような形で費用を回収し(recoupment)、収益を分配するか(profit sharing)ということも事前に定めておく必要がある。それぞれの国でそれぞれの当事者が上映し、それぞれの国からそれぞれが費用を回収し、利益を得る、という形が双方にとってよい場合もあれば、作品の性質(映画の舞台、出演者、監督など)や市場規模によって、それぞれの当事者がそれぞれの国から費用を回収し利益を得るということが難しい場合もある。事前に十分な取決めがなされていない場合には、完成後に紛争の可能性が生じうるし、たとえば製作の途中で追加出資が必要となった場合に完成後の費用回収や利益分担において争いがあるために追加出資ができずに映画が完成しないといったこともありうる。したがって、映画の撮影に入る前に双方が書面で合意をするという形が望ましい。
3.映画制作の方式
日本では、民法上の組合としての性質を有する「製作委員会」方式により製作委員会の各メンバーがそれぞれの役割に応じて映画製作に参加し、それぞれの権利を得るという方式が広く採用されている。しかし、海外では製作委員会方式による映画制作はそれほど一般的ではなく、映画のために会社を設立するなどして、映画を1つのプロジェクトとして運営していくという方針がとられることが多い。映画の規模や撮影の場所、監督、出演者等により、日本において映画の共同製作がなされる場合、日本法上、下記のような事業スキームをとることができる。
⑴ 製作委員会方式
組合形態を用いた製作委員会方式の場合、(会社の設立といった)ストラクチャリング・コストをかけることなく、損益の分配を柔軟に行うことができる。他方、製作委員会方式の場合、完成した作品の著作権は「合有」とされ、団体的な拘束に服するため、各組合員が自己の持分の処分や組合財産の分割を制限される。著作権は、組合員全員の同意がなければあらかじめ定めた目的以外に権利行使することはできず、機動的な権利行使が困難となる。また、テレビ放映、映画の放映、商品化等の各窓口権が個々の組合員に分属し、当該組合員はまず窓口権に基づく事業の利益を確保したうえで製作委員会に収益を渡す構造となっていることや情報開示に関する規制が他の方式に比べて緩やかであることから、業界外の事業会社や金融機関からの出資融資を受けるには適しない。
製作委員会方式で最も一般的なのが、①民法上の組合を用いる場合である。金銭等の出資に限られず、労務出資でもかまわないため(民法667条2項)、たとえば、制作会社はあらかじめ現金を用意する必要なくして労務提供という形で投資ができる。他方、個々の組合員が無限責任を負い、組入財産の独立性が十分に確保されないという問題点がある。
②有限責任事業組合(以下、「LLP」という)を用いる場合、民法上の組合と異なり、組合員の責任は有限責任(有限責任事業組合契約に関する法律15条)であり、組合員に対する債権者は組合財産を差し押さえることはできず(同法22条1項)、組入財産の独立性が確保され、LLP自身が契約主体となることができる。他方、民法上の組合と異なり、労務出資が認められておらず(同法11条)、また、出資金全額を事業開始時に払い込む必要がある(同法3条1項)。もっとも、柔軟な損益分配が可能であることから、損益分配の局面では、労務等の提供を考慮することができる。
③投資事業有限責任組合(以下、「LPS」という)を用いる場合、民法上の組合と異なり、LPS自身が契約主体となることができる。業務執行を行う無限責任組合員は無限責任を負う必要がある。組入財産の独立性が十分に確保されていない点および労務出資が認められていない点(投資事業有限責任組合契約に関する法律6条2項)がデメリットとしてあげられる。もっとも、柔軟な損益分配が可能であることから、損益分配の局面では、労務等の提供を考慮することができる。
⑵ 株式会社方式
株式会社は、出資者が有限責任しか負わない点が最大のメリットになる。また、著作権が株式会社に帰属することにより、機動的な権利行使が可能となり、さらに、金融機関から融資を受けやすい。一方、パス・スルー課税が認められておらず、法人所得および株主配当利益双方に課税される二重課税である点、利益配当につき財源規制がある点や手続として株主総会決議が必要で柔軟な収益分配に適していない点等がデメリットとしてあげられる。また、資本金が5億円以上になる場合には、会社法上「大会社」となり(会社法2条6号)、会計監査人の設置義務が課されるなど、各種の煩雑な規制がかかり、会社の運営コストがかさむ点にも留意する必要がある。
⑶ 匿名組合およびSPCを利用する場合
匿名組合契約は、「当事者の一方が相手方の営業のために出資をし、その営業から生ずる利益を分配することを約することによって、その効力を生ずる」(商法535条)とされ、ファンドを組成するために利用される。資金調達の主体であるオリジネーターが、映画製作目的の特定目的会社(SPC:Special Purpose Company)を設立し、そのSPCに対して複数の投資家から匿名組合方式で出資を募ることになる。映画製作においてこの方式をとる場合、完成した作品の著作権はSPCに帰属し、各種ライセンス事業を行う窓口権もSPCが保有することになる。
著作権がSPCに帰属することにより、当初目的外の権利行使の際に、製作委員会方式の場合のように組合員全員の同意を得る必要がないため、機動的な権利行使が可能である。SPCが窓口権を保有することにより、製作委員会方式の場合と比べ窓口手数料を抑えられる分、投資家に還元する収益を上げることができ、すべての資金がSPCを経由するため資金の流れの透明性も高くなる。さらに、倒産隔離効果も高いといえるため、業界外の事業会社や金融機関から投資・融資を受けることが期待できる。
他方、SPCを組成するにはある程度の手間と費用がかかり、ある程度以上の資金調達額があり、しかも長期にわたって事業展開が見込まれる大型案件向きといえる。また、投資家の資金提供の手段として匿名組合契約を用いると、匿名組合自体には課税されず、構成員のみに課税されるという点ではパス・スルー課税になるが、SPC自体には課税されるので、この点では二重課税を回避できない点に留意が必要となる。
⑷ その他
上記のほかに、資金調達の投資ビークルとして、合同会社、合資会社、合名会社などを考えることができる。合同会社は、有限責任となるが、労務出資等は認められない。合資会社については、有限責任社員と無限責任社員とから構成され、無限責任社員には労務出資が認められる。また、合名会社は無限責任社員のみからなる会社で、労務出資も認められる。民法上の組合との差異は、合名会社の各社員は、会社債務の全額について連帯責任を負う半面、債権者に会社資産から最初に弁済を受けるよう求めることができる点にある。
4.著作権の帰属
上記のようなスキームをとる場合には、著作権の帰属もそれぞれのスキームによって決まるが、上記のようなスキームによらずに、共同製作契約を基にした共同制作を行う場合、著作権を各当事者がどのような形で保有するかについて、契約書に明確に定めておく必要がある。
実務上、著作権を国ごとに分ける場合、あるいは著作権を共有とする場合がある。著作権を国ごとに分ける場合(具体的には特定の国の著作権を一方当事者から他方当事者に譲渡する合意が必要となる)には、それぞれの当事者が
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自ら著作権を有する国において上映・配給を行い、そこから得る収益により費用を回収し利益を得るとすることが多い。他方、著作権をすべての国において共有とした場合、どのような形で上映・配給を行うかについて、取り決める必要がある。配給のためのエージェントの選定や当該エージェントとの契約をどうするかなど、必要な事項を具体的に定めておく必要がある。
5.紛争の解決
共同制作にあたって、十分な協議を行い、契約を締結したとしても、制作の過程や、映画の完成、上映に至る間で、当事者間に問題が起こることもありうる。紛争解決についても契約書に定められるのが一般であるが、まずは当事者間で真摯に協議し解決を図るのが最適である。双方の意見の隔たりが埋めがたい場合には、一方当事者が他方当事者の権利を買い取るという形で、共同制作を解消し、映画制作を続けるという方法もある。
協議によっても解決できない場合、契約書に定められた、仲裁や裁判などを行わなければならないことも生じうる。準拠法、仲裁地や裁判管轄の定めは、最終的な紛争解決のために使われる。
他方、仲裁や裁判によらずに、関係者に仲裁の労をとってもらうということも映画の業界においてはよくあることのようである。国によっては、映画制作に対する国の補助金・支援制度が充実しており、支援機関に状況を説明し、当該国の契約相手を説得してもらうといったこともありうる。
いずれにしても、将来の紛争の可能性を念頭におきながら、万が一の場合に備えて、十分な契約を締結することが肝要である。
執筆者:笠原智恵
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
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