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Q28 死後の肖像権・パブリシティ権

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 CM制作に関し、広告主から、日本人の有名女優(故人)の写真を使用して、シニア層にアピールしたいとの強い要望が寄せられている。この女優は、シニア世代には絶大な知名度と人気があり、確かに売上アップにつながると思われる。女優本人が故人であることから、使用するにあたって、どのような権利処理をすればよいか。

Point

① 肖像権、パブリシティ権とは
② 本人の死後の扱い
③ 実務上の留意点


Answer

1.肖像権、パブリシティ権とは

 肖像権とは、みだりに自己の容貌等を撮影あるいは描写され、それを公表されない人格的利益を指すとされ、わが国の判例上認められてきた権利である(詳細は、Q24、Q27などを参照。最判昭和44・12・24判タ242号119頁〔京都府学連事件〕、最判平成17・11・10判タ1203号74頁など)。パブリシティ権とは、これも明文の規定はないが、特に著名人の氏名、肖像について顕著であるように、人の氏名・肖像が商品の販売等を促進する顧客吸引力をもつ場合に、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利とされ、人格権に由来するものとされる(最判平成24・2・2判タ1367号97頁〔ピンクレディー事件〕)。パブリシティ権は、肖像権の財産権的側面と説明されることもある。
 パブリシティ権は、上記ピンクレディー事件最高裁判決によれば、①肖像等(氏名、肖像)それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等との差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、もっぱら肖像等の有する顧客吸引力の利用と目的とするといえる場合に、侵害されるとされる。
本問では、実際のCMの内容によるところもあるが、上記①ないし③の3つの類型のうち③に該当する可能性がある。
 以下では、主としてパブリシティ権の侵害に視点を絞って検討を進めたい。

2.本人の死後の扱い

 上記1のとおり、肖像権、パブリシティ権ともに、人格権に由来するとするのが判例の立場である。伝統的な議論の枠組みに従えば、人格権は、その人固有の、一身専属的な権利であるから、本人が死亡した場合には、相続されることはない。そうすると、本人が死亡している場合の当該本人の肖像は、自由に利用できることになるのだろうか。このことは、本問のように商業的な利用が生じる可能性のあるパブリシティ権において、特に問題となる可能性がある。
 パブリシティ権に関するこの問題をめぐっては、法律上明確な規定は見当たらず、最高裁判決も見当たらない。学説においても、さまざまな考え方が提唱されており、大きく分類すると、①本人の死亡とともに消滅するとする説、②生前に本人が行使していれば相続されるとする説、③永遠に存続し、相続されるとする説、④相続されるが、死後一定期間(たとえば10年)存続するとする説ではないかと思われる(分類は、大家重夫『肖像権〔改訂新版〕』203頁を参考にした)。
 上記ピンクレディー事件最高裁判決をはじめとする判例が、肖像権・パブリシティ権ともに人格権に由来するとの立場であることを重視すれば、上記①の結論となるのが自然と思われるが、「由来する」という微妙な表現であることを考慮すれば、大阪地判平成元・12・27判時1341号53頁〔エイズ・プライバシー訴訟第一審判決〕は、死後の人格権を否定しつつ、結論としては、故人に対する本人の両親の「敬愛追慕の情」を侵害したとして、損害賠償請求自体は認めている。このことからすれば、本人死亡により肖像権・パブリシティ権が消滅するとしても、肖像の使用態様によっては違法と評価される余地は残ることになる。ただ、本問のような商業的利用において、単に商業的に利用したというだけで上記大阪地裁判決のいう「敬愛追慕の情」が侵害されたといえるかについては疑義もあり、実際には、どのような態様において利用されるかが考慮されるのでないかと思われ、本人生存中のパブリシティ権に比べて、結果的に保護範囲が狭くなることはあり得よう。
 なお、上記②の見解にいう「行使」の意義に関して、本人の生存中にパブリシティ権侵害に基づく損害賠償請求がなされ、これが判決等で確定した場合は、当該損害賠償請求権は相続されると解されるので、この意味では上記②の見解は、現行法下においても妥当する。上記③および④の見解は傾聴に値すると考えるが、何ら明文の規定のないわが国の法体系の中では予測可能性の点で難があり、立法的な解決が望まれる。実際にも、米国(州において内容は異なる)等の海外においては、死後のパブリシティ権が法定されている例がある。
 また、肖像権・パブリシティ権の議論とは別個の問題であるが、肖像等が「商品等表示」(不正競争防止法2条1項1号)に該当する場合は、本人の死後も、同法による保護が受けられる可能性があるように思われる。

3.実務上の留意点

 これまで述べてきたとおり、肖像権・パブリシティ権については、判例上認められてはいるものの、本人死亡後の権利の帰すうについては不分明な点も多い。上記2で述べた敬愛追慕の情の問題もあることから、実務上は、リスクを避ける意味で、遺族等から使用許諾を得ることが望ましいといえる。
なお、肖像権等以外にも、使用する素材の著作権(写真の著作権など)の権利処理が必要であることはいうまでもない。

執筆者:上村 剛


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