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Q35 芸能人とプライバシー権、人格権

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 芸能人のプライバシー権侵害、人格権侵害は、どのような場合に認められるか。

Point

① プライバシー権とは
② プライバシー権侵害の判断基準
③ 芸能人のプライバシー権、人格権侵害事例


Answer

1.プライバシー権

 プライバシー権について定めた法律はないが、宴のあと事件(東京地判昭和39・9・28判時385号12頁)において、「いわゆるプライバシー権は、私生活をみだりに公開されないという法的保障ないし権利として理解される」と判示され、わが国で初めてプライバシー権が認められた。そして、プライバシーの侵害に対し法的な救済が与えられるためには、公開された内容が私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られるおそれのあることがらであること、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場に立つた場合公開を欲しないであろうと認められることがらであること、換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによつて心理的な負担、不安を覚えるであろうと認められることがらであること、一般の人々に未だ知られていないことがらであることを必要とし、このような公開によつて当該私人が実際に不快、不安の念を覚えたことを必要とする」と判断された。
 最高裁判所も石に泳ぐ魚事件(最判平成14・9・24判時1802号60頁)において、「公共の利益に係わらない被上告人のプライバシーにわたる事項を表現内容に含む本件小説の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたものであって、本件小説の出版等により被上告人に重大で回復困難な損害を被らせるおそれがあるというべきである」と判断して、プライバシー権に基づく出版の差止請求を認めている。

2.プライバシー権侵害の判断基準

 どのような場合に、プライバシー権の侵害が成立するか、特に報道の場合に表現の自由との関係で、問題となる。最判平成15・3・14民集57巻3号229頁は、「プライバシーの侵害については、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するのであるから、本件記事が週刊誌に掲載された当時の被上告人の年齢や社会的地位、当該犯罪行為の内容、これらが公表されることによって被上告人のプライバシーに属する情報が伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度、本件記事の目的や意義、公表時の社会的状況、本件記事において当該情報を公表する必要性など、その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由に関する諸事情を個別具体的に審理し、これらを比較衡量して判断することが必要である」と判示し、事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量するという考え方を示している。

3.芸能人のプライバシー権、人格権侵害事例

 芸能人のプライバシー権侵害、人格権侵害について判断された事例には、以下のようなものがある。
 ⑴ 東京地判平成5・9・22判タ843号234頁
 有名女優の夫が妻の母親に暴力を振るって傷害を負わせ、これが原因で離婚が決定的になったとする内容の新聞記事が掲載された事案において、「芸能人であるからといって、一律・無限定に、プライバシーの放棄があったものとしてその私生活を報道等の対象とすることが許されないのはいうまでもない」「家族等が自らのプライバシーについて公表を容認していないのに、芸能人本人が容認しているからとして、家族等のプライバシーに属する部分を含めて公表したときは、芸能人本人に対しては適法行為とされても、家族等に対する関係では、違法なプライバシーの侵害として不法行為を構成することがあるといわなければならない」と判示して、名誉毀損とあわせて100万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑵ 神戸地尼崎支決平成9・2・12判時1604号127頁
 タレントの自宅住所や写真を掲載した出版物が出版された事案において、「有名スターないしタレントといえども、平穏に私的生活を送るうえでみだりに個人としての住居情報を他人によって公表されない利益を有し、この利益はプライバシーの権利の一環として法的保護が与えられるべきところ、本件書籍を出版することによる前記各債権者についての住居情報を本人の承諾なくして出版により公開することは、当該債権者のプライバシーの権利を侵害するものというべきである」と判示して、出版の差止めが認められた。
 ⑶ 東京地判平成10・11・30判時1686号68頁
 タレントの自宅住所の所在地等を掲載した出版物が出版された事案において、「一般に、個人の自宅等の住居の所在地に関する情報をみだりに公表されない利益は、プライバシーの利益として法的に保護されるべき利益というべきであり、右のような情報を正当な理由もないのに一般に公表する行為は、プライバシーの利益を侵害する違法な行為というべきである」と判示して、出版の差止めが認められた。
 ⑷ 東京高判平成12・12・25判時1743号130頁
 著名なプロサッカー選手の出生から現在に至るまでの半生を記述した書籍が出版された事案において、「本件書籍には、被控訴人の出生時の状況、身体的特徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等に関する記述が含まれていることは前示のとおりであり、その内容が、控訴人らの例示する犯罪歴等を含む記述ではないとしても、私事性の強い被控訴人の私生活上の事実であることに変わりはなく、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄に属するというべきである」と判示して、200万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑸ 東京地判平成13・9・5判時1773号104頁
 女性アナウンサーの水着写真が掲載された事案において、「当該人の承諾なくその容姿を撮影した写真を雑誌に掲載し、これを広く社会に公表することは、その肖像権の侵害に当たる」と判示して、200万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑹ 東京高判平成17・5・18判時1907号50頁
 著名なプロサッカー選手と著名な芸能人がキスをしている写真について紛争となっている旨の記事を掲載した事案において、「世界的に有名なプロサッカー選手であるとともに現代社会のオピニオンリーダーともいえる被控訴人とコアマガジン社との間の紛争が裁判の場合に持ち込まれるのかどうか、その場合に予想される法律上の争点や裁判の成り行きなど、公共の利害に関する事項について専ら公益を図る目的をもってなされたものであることを否定することはできない」「他方、上記のような社会的地位にある被控訴人において、本件記事によりCとの親密な交際及び濃厚なキスという私生活上の事実を写真付きで報じられたため、不快、不安の念を覚えたであろうことは否定できないが、」「上記公表の理由と被控訴人の本件私生活上の事実を公表されない法的利益を比較衡量すると、本件雑誌が発売されたことによる被控訴人のプライバシー侵害の程度はさほど大きいものとはいえない」と判示して、プライバシー権侵害を否定した。
 ⑺ 東京地判平成18・3・31判タ1209号60頁
 お笑い芸人がアダルトビデオ店内に設置された防犯ビデオによって撮影された写真とアダルトビデオを物色中であるという記事が掲載された事案において、「個人が公表によって羞恥、困惑などの不快な感情を強いられ、精神的平穏が害されることに変わりはないというべきであるから、やはり撮影により直接肖像権が侵害された場合と同様にその人格的利益を侵害するというべきである」と判示して、90万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑻ 東京高判平成18・4・26判時1954号47頁
 芸能人が制服姿で通学する様子や実家周辺の写真を掲載した記事が掲載された事案において、「これらの写真や記述による私生活上の事実は、一般人の感受性を基準にすると他人への公開を欲しない事柄に該るものであり、これが一般にいまだ知られておらず、かつ、その公表により原告らが不快、不安の念を覚えたことが認められるから」「プライバシー権(肖像及び個人情報)の侵害に該当するものであると判示して、30万円から150万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑼ 東京地判平成18・5・23判時1961号72頁
 元アダルトビデオ女優について、過去の交際相手との会話の具体的内容、家族関係等の記事とビデオの画像の写真が雑誌に掲載された事案において、記事についてプライバシー権侵害を認めるとともに、当該写真が羞恥心を高める度合いが大きいこと、被撮影者において当該写真が当初の公表の目的を超えて将来にわたり使用されることを予期していたとは認められないことなどを理由に、当該写真の掲載が被撮影者による従前の同意の範囲外にあるとして、当該写真の掲載が被撮影者の人格的利益を違法に侵害する不法行為にあたるとして、200万円の損害賠償の請求が認められた。
 ⑽ 東京地判平成25・4・26判タ1416号276頁
 芸能人になる前の写真や制服姿での通学途中を撮影したものが掲載された事案において、「何人もみだりに自己の容貌や姿態を撮影されず、撮影された肖像写真を公表されないという人格的利益は、プライバシー権として法的に保護されるものである。かかる法的保護は、たとえ著名な芸能人であっても、私的活動の領域では、何ら一般人と変わるものではない」と判示して、感人格的損害賠償の請求が認められた。
 ⑾ 東京地判平成27・6・24判時2275号87頁
 著名な野球選手の息子が記念品を売却した等の記事が掲載された事案において、「私人が家族の所有物を売却したとの事実やそれについて家族が承諾していたかという事実は、私生活上の事実であり一般人の感受性を基準にした場合、当該私人の立場からは公開を欲しない事実であると考えられる」と判示して、名誉毀損とあわせて150万円の損害賠償請求が認められた。
 ⑿ 知財高判平成27・85裁判所ウェブサイト(平成27年(ネ)10021号)
 女性芸能人らの顔を中心とした肖像写真に、裸の胸部(乳房)のイラストを合成した画像が雑誌に掲載されたという事案において、「本件記事は、社会通念上受忍すべき限度を超えて1審原告らの名誉感情を不当に侵害するものであるとともに、受忍限度を超えた肖像等の使用に当たるというべきである」「芸能人としての活動を踏まえても、1審原告らにとって、自らの乳房ないし裸体そのものについては、依然として私事性、秘匿性が高いというべきであるから、自らの乳房や裸体を露骨に読者に妄想させることを目的として作出された本件画像が、マスメディアによって広く頒布されることを当然に受忍すべきということはできない」と判示して、75万円の損害賠償請求が認められた。

 このように、芸能人であっても、芸能活動そのものではない私生活上の事柄について公表されることについては、プライバシー権や肖像権等の侵害が成立することが認められている。

執筆者:横山経通


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