見出し画像

宝石の中の夢 -プリファブ・スプラウトの音楽の美しさ


 
 
【金曜日は音楽の日】
 
 
音楽を構成する要素の中には、曲は勿論のこと、編曲、アレンジが大きく占めることは間違いありません。
 
ソングライターのパディ・マクアルーンを中心として80年代に主に活躍したニューウェーブバンド、プリファブ・スプラウトは、爽やかで甘酸っぱい青春を感じさせるような美しいメロディと詞を持つ曲を歌うバンドです。
 
私が大好きなバンド(&ソングライター)ですが、聴いていると、音楽を編曲することの意味についても、考えさせられます。




プリファブ・スプラウトのパディ・マクアルーンは、1957年、イギリスのニューカッスル生まれ。元々神学校に通っており、多感な十代はT.REXやデヴィッド・ボウイを聞いていたとのこと。
 

プリファブ・スプラウト
中段左がパディ・マクアルーン


パンク・ムーブメントの最中でも、スティーリー・ダンのような、高度なポップソングを好んでおり、弟のマーティンと共にバンドを結成。そこにコーラスのウェンディ・スミスが加わって、1982年にシングル・デビュー。1984年にアルバム『スウーン』をリリース。
 
この頃の彼らの音楽性は、複雑に捻じ曲がった奇妙なポップソング。キッチンウェアという、ニューウェーブレーベルから出たのも頷けます。セールスも苦労し、大きな話題にはなりませんでした。




しかし、85年のセカンド・アルバム『スティーブ・マックイーン』で大化けします。美しく澄んだキーボードや小波のようなカラフルなギターに、覚えやすいフックが浮かび上がる名盤です。
 
とりわけ3曲目の『アペタイト』の美しさ。エコーのかかった美しいリフのイントロから、何かを期待させるAメロ、そしてサビできらめくキーボードの装飾をまといながら、少女への謎めいた歌詞(妊娠についての歌だそうです)が、ウェンディの透明感溢れるコーラスを伴って、キャッチーに歌われます。
 

もし持っていくなら
返さないと
もし盗むなら
ロビンフッドになって
もし君が目にするもの全てを
欲しいというのなら
僕にちなんだ名前を君につけよう
君を「食欲」と呼ぼう
 

Appetite


まさに、青春の息吹を感じさせる美しい歌。全編にカラフルなステンドグラスのようなエコーがこだましています。




この跳躍の立役者は、間違いなくプロデューサーのトーマス・ドルビーです。ニューウェーブのアーティストとして活躍していたドルビーは、偶然聞いたパディの歌に興味を持ち、プロデュースを引き受けます。
 
そもそも、この頃までのパディは、楽理的なことを全く分からず、自己流にスティーリー・ダンっぽいコードを見つけては曲を創っていたとのこと。そこでドルビーは、大量の曲のストックの中から、ポップなものを厳選し、音楽的に正しいコードを当て嵌め、シェイプアップしていきます。
 
そして、キーボードを多用した、空間を感じさせるエコーに満ちた作品にしました。パディは、最初に聴いた時、あまりの印象の違いに驚愕したと言っていますが、これはドルビーの果たした役割の大きさを表しているでしょう。
 



ドルビーとのコンビはこの後も続き、1990年アルバム『ヨルダン・ザ・カムバック』で頂点を迎えます。この頃にはパディのソングライティングも洗練され、ノスタルジックで透明、しかも全曲口ずさめるポップソング集となりました。

彼女は歌う
パディ・ジョー、
覚えていない?
遠い昔、あの豪華な夜
私たちは星を自由にした
 

We Let the Stars Go




しかし、ドルビーとのコラボを解消した後は、難しい局面になっていきます。
 
7年後の『アンドロメダ・ハイツ』は、カルトバンド、ブルーナイルのプロデューサー、カラム・マルコム、更に4年後の『ガンマン・アンド・アザー・ストーリーズ』は、ボウイやT.REXを手掛けた名匠トニー・ヴィスコンティのプロデュース。

どちらも、美しい曲揃いの傑作であり、ここまでは中庸な音像ゆえに、曲の良さが引き立つアルバムでした。
 



しかし、パディは網膜剝離と、耳鳴りを伴う聴覚障害を患っており、活動は停滞していきます。
 
現在は、マーティンもウェンディもバンドを抜けています。そして、その後リリースされた、90年代に頓挫したプロジェクトの曲集『レッツ・チェンジ・ザ・ワールド』、活動初期の曲や近年の曲を集めた『クリムゾン/レッド』は、いい曲はあるものの、かなりチープな打ち込みで、聴いているのがちょっと厳しい曲集になっています。




パディは現在、自分で曲を確かめられないくらい耳が悪いとのことであり、それでも自分でコントロールしようとしている部分が、正直苦しい方向に導いているように思えます。

『クリムゾン/レッド』で使われたのは、macではなく「アタリ社」(!)の古いコンピューターだったというから、かなり深刻です。
 
おそらく彼に必要なのは、心から信頼できて、曲を任せることができるプロデューサーの存在なのでしょう。個人的にはジャック・アントノフ(テイラー・スウィフトやラナ・デル・レイのプロデューサーとして有名)辺りに任せれば、コクのある名盤ができる気がしますが、パディの病気を考えると難しいのかもしれません。




そう考えると、ドルビーとのコラボは、彼の良さを引き出せた、最高のコラボでした。
 
ごつごつした岩石塗れの透明な鉱石を、削って磨いて、輝きを放つ宝石に仕立て上げること。ドルビーが行ったプロデュースとは、そういう「編集者」タイプのクリエイティブな作業でした。

そして、磨き上げるには、「信頼」という、堅い友情が結晶した研磨石が必要です。
 
それはパディにとっての、信頼できる仲間のいる、青春でもあったのでしょう。2006年に出た『スティーブ・マックイーン』のレガシー・エディションには、パディが再録音したアコースティックな曲がボーナストラックにあり、それを聴くと、ドルビーとの共同作業と編曲の方法論が、その後のパディの編曲にも影響を与えていることが分かります。
 
そして、それはドルビーにとっても、魔法の時間でした。

同時代に活躍したトレヴァー・ホーンや坂本龍一と比べても、卓越したプロデューサーとは言い難いですが、パディの歌に彼のセンスが見事にはまった。その後のドルビーの歩みを思うと、尚更そう感じます。




音楽というのは、宝石の輝きのようなものなのでしょう。輝きとは、堅い石の中に閉じ込められている夢。曲、歌詞、アレンジの組み合わせによって、輝きは様々な形で解き放たれ、変化する。
 
プリファブ・スプラウトの音楽の変遷を聞いているとそんなことを感じます。混沌から磨き上げられて、固有の色を持って輝き、そしてまた曇って混沌へ帰ろうとしている。

『クリムゾン/レッド』の中の、パディの諦念と痛みに満ちた秀作『ザ・ドリーマー』を聴くと、そんな夢のありかと美しさ、音楽や芸術を創る人間の人生そのものについて、思いを馳せてしまいます。

是非、宝石のような美を湛えた彼らの音楽を、体験いただければと思います。
 

私は今でもただの夢追い人
でも、ある種の夢からは醒めつつある

The Dreamer



こちらでは、文学・音楽・絵画・映画といった芸術に関するエッセイや批評、創作を、日々更新しています。過去の記事は、各マガジンからご覧いただけます。

楽しんでいただけましたら、スキ及びフォローをしていただけますと幸いです。大変励みになります。


いいなと思ったら応援しよう!